学童期の子育て支援について
〜これって大人の総合学習?〜
元気まち100人会議福祉部会発行*2002年4月
*元気まち100人会議福祉部会では、 「子育て支援を学ぼう!」をテーマに、この2年間、月に1回の例会を開いてきました。12年度は、たまたま行政の方から提案があった「子育て支援センター」について、当事者の声を届けようということで、アンケートを取ったりニュースレターを発行したりしました。13年度は、「学童期の子育て支援について」自分達の親としての経験や、支援者として感じていることを話し合いながら、本や資料、研修会への参加を通して学んできました。それぞれの問題意識を大切にしながら、これから白老町で学童期の子育て支援をつくっていく時にぜひ考えてほしいことをまとめてみました。
*小冊子本体には、イラストが入り(特に池本啓子さんの章は、イラストがたくさんあります。)見やすくなっています。ご希望の方には、送料のみの実費でお分けできますので、メールで連絡ください。


           目  次  (読みたいところをクリックしてね!) 

        はじめに
    〜この冊子で伝えたいこと〜       中谷 通恵  


   障害児の子育て支援の現状と課題
   〜子育て支援は、継続と連携で〜     高橋 郁子 



     放課後の子育て支援
  〜ともに育ち合える児童クラブに〜      池本 啓子
 


  子育て支援と男女共同参画社会
  〜いろいろ学びたくなりました〜        松原 雅子 



   読み聞かせ活動に携わって
   〜つながる・深まる・広がる〜        武永 玲子
   


      おわりに
  〜これって、おとなの総合学習?〜      中谷 通恵  



      親 の 祈 り               

取り上げてくださった新聞記事より
2002年4月17日苫小牧民報      〜家庭、学校、地域の連携を〜

 白老町の元気まち100人会議福祉部会では「子育て支援を学ぼう!」をテーマに二年間活動してきた。二〇〇一年度は「学童期の子育て支援に
ついて」の経験交流や研修を重ね、このほど報告集を発行した。
障害児の子育て連携、児童クラブの役割、子育て支援と男女共同参画、読み聞かせ活動と学校、行政との連携など真摯(し)な問題提起がされている。
 同会議福祉部会では中谷通悪さんを中心に「子育て支援」を主題に二年間研修に取り組んだ。初年度は、町が計画した乳幼児を対象とする子育て
支援センター問題に取り組み、アンケート調査やニュースレターの発行で意見集約し、計画に反映させた。
 二年目は「学童期の子育て支援」をテーマに、月一回の例会や講演会、研修会への参加を通して話し合った内容を報告集「学童期の子育て支援につい
て」をまとめた。

 高橋郁子さんは「障害児の子育て支援の現状と課題」を発表。1障害児個々の状況と発達段階に応じて、治療、療育、教育に携わる専門家
や行政、父母が継続的に連携する支援体制の必要性を訴えている。
 池本啓子さんは「放課後の子育て支援」〜ともに育ち合える児童クラブに〜のテーマで、町の児童クラブを紹介。学校の余裕教室を活用したクラ
ブは「生活の場としては問題を残す」と指摘している。
 松原雅子さんは「子育て支援と男女共同参画社会」のテーマで、学童保育の子育て支援に
@支援者の研修機会
A支援者による親の支援
B大人が手を取り合う子育てが必要
とし、ドメスティックバイオレンスへの対応など男女共同参画推進の必要性を提起している。

 武永玲子さんは「読み聞かせ活動に携わって」の体験をもとに、学校での子供たちとの充実した時間や親同士の連携などその魅力を語り、学校で
の図書ボランティア活動、白老読み聞かせ・文庫活動連絡会、ブックスタートヘの協力と学校から地域に広がっていった図書ボランティア活動の
歩みと課題を紹介している。

 中谷さんは二年間の活動を「大人の総合学習」と呼び「社会的な課題について学んでみようという大人、語りたい大人が増えることが、子供たち
の『総合的な学習の時間』をささえるのかもしれません」と結んでいる。
 報告集はA4判、三十八ページ、三百部作成され、子育て支援関係者、学校関係者、行政担当者、町議、関心を持つ町民らに配布される。問い合わせ
は中谷通恵さん、\電話0144(82)2685。


 はじめに
    〜この冊子で伝えたいこと〜 
        中谷 通恵



* 子どもが小学生・中学生になると、活動範囲や交友関係がぐーんと広がり、我が子が、どこで・だれと・何をしてすごしているのか、親だけではとらえきれません。ですから、親はもちろん、地域の中にたくさんの子どもを育む暖かいまなざしや、語りかけをしてくれる大人が必要です。

* けれども、なかなかそうできないのが現実です。
「自分の子だけは非行にまきこまれたくない」「我が子だけは、いじめられないように」
「放課後よその家で迷惑かけたらどうしよう」「うちの子がいじめていると噂が・・。まさか」
「学校に行きたくないって、このまま続いたらどうしよう」「話しかけようとしてもすごく反抗的。どうかかわっていいのか…」

* 学童期の悩みは回数は少ないけれど、起きた時にはずっしりとのしかかってきます。
悩みを抱えた時、一人一人の親がその重たさに身動き取れなくなっているのが現状ではないでしょうか。
「どうにか我が子だけは」という親の思いが、残念ながら人とのつながりを希薄にしてしまい、解決の糸口が見えづらくなっているように感じます。

* むしろ悩みや不安を抱えたらすぐに、もしくは抱える前に、親と子・子と子・親と親・親と  支援者がたくさん語り合いたい。
ちょっと先行く先輩が、「私はこんな経験をしたよ。」と 話してくれるだけできっと気持ちが楽になります。

* 悩んだことのない親はいません。子どもを愛すればこそ、子どもから目と心が離れていないからこそ、悩むのだと思います。 「我が子だけは…」ではなくて、「誰にでも悩みはある」「子どもはいろんな経験をして成長する」というところからスタートしたい。
「この悩みは何人もの人が感じているのだから、どうにか解決したいよね」と、人の悩みを自分のことのように考えることから始めてみたい。

* いろんな受け皿(受け止めてくれる人)が地域に存在していれば、私みたいに未熟な親でも肩の力を抜いて子育てできるのではないだろうか。
完璧な親も百点満点の子どももどこにも、存在しないのだから…………。

* そんな思いで、『元気まち100人会議』という名を借りて、月に1回、ちょっと世話好きなカアサンが、 おしゃべりしてきました。
話をしていると、他人の悩みの中に自分の悩みを見つけるのです。 他人の話の中に解決の糸口を見出せるのです。 何回か集まるうちに、もう少し学びたくなって、本を読んだり研修会に出かけたり…。ついには、学んできた内容を他の人にも知ってほしくなり、
4人のカアサンに無理を言ってまとめてもらいました。

* みなさんに、ご自分の興味のあるページから読んでいただき、近くの誰かと
「こんなこと書いてあるけれどどう思う」なんて、語り合っていただけたら幸です。
親として未熟な部分を他の人に助けてもらいながら、自分もほんの少しでも誰かの助けになれる。そんな地域をいっしょに模索してみませんか?
                                  
                          
 障害児の子育て支援の現状と課題
   〜子育て支援は、継続と連携で〜     
高橋 郁子

≪はじめに》

「子育てに支援」が必要と考えるのは、どうしても、生まれてすぐの0歳児から就学(小学校入学)までと思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。子どもから片時も離れる事が出来ない乳幼児期は、保護者、養育者として常に精神的にも肉体的にもその活動や生活範囲が限られ制約される事が多くなってしまいます。
この時期、保健婦さんや保育園、幼稚園の保母さん達が相談に乗ってくれ、有志による育児サークルでの交流、保育サービスによる講演会や緊急時の託児など、子育て支援の活動は地道に広がり根づいてきています。
しかしながら、「子育て支援」は、乳幼児や幼少期のみに必要とされる支援ではなく、小学校や中学校に通っていても必要とされる支援です。徐々に親から離れて生活の場を広げていく幼稚園や保育所へ通う子ども達から、学童といわれる小学生へ。そして、中学生になると、保護者は子どもの自立に向けて、その役割が日常生活の中での制約から解放されながらも、子どもと共に、責任感や役割感が重視されることになります。

「子育て支援」は、何らかの要因(精神的、肉体的、環境的、社会的など)によって問題や課題を抱えている子ども達や養育者に対して、少しでも心おだやかに、安心しながら、そして子どものみではなく養育者にとっても安らげる場や時間を過ごせるようにとの願いからなされてきたと思っています。そして「子育て支援」には健全育成や社会教育というような将来的、予防的な部分も含んでいると思います。

100人会議の福祉部会に属するこの部会では、白老町で現在、子育てや支援をしながら感じている疑問意識や課題意識に沿った形で、問題提起や課題解決について話し合ってきました。
この機会に、学齢期(義務教育期)の子育てを対象に、精神的、肉体的、環境的、社会的な問題や課題などをもつ子ども達や保護者への「子育て支援」を具体的に取り上げて考えてみたいと思います。
そこで、学童期の障害のある子ども達とその保護者の抱えている問題の一部を紹介してみます。障害児と認定されている、いないにとらわれず、問題を抱えているという点に注目して、「支援」とは決して甘えさせるものではなく、必要とされるものと感じていただけるとうれしいです。

現状では、子ども達の保護者にも支援が必要だと言った事に、まだ、あまり理解がなく、子どものみに焦点を当てているように感じます。しかしながら、問題を抱えた子どもの保護者や家族はとても苦しみます。
どんな立派な施策も人も、この問題全体への理解と受容が出来てはじめて活きるように思います。色々な相談を聞いていると、子どものみへの対処療法的な解決をしても問題は解決しないと思います。

自分の子どもがひきこもり、非行、いじめ、家庭内暴力などの問題を抱えたとき、親や家族そして担任教員等が抱える悩みは、どこに相談すればいいのでしょう?そして、相談して対応した結果がよかったのか、改善できたのか、違う方法ややり方があるのか、自分たち(支援者)の対応に問題はないのか、などについても継続的に支援や検討がなされることを望むのではないでしょうか。
 これから、例として学齢期の障害児への支援の現状を取り上げていきます。障害や遅れがあると認知された場合、その対応にあたっては、抱える問題の内容がはっきりしていますので、その支援は、健常児に比べ明確になってきます。読まれる際に、自分の抱える問題に置き換えると、障害はないけど私もこう思うなど、感じていただけたらうれしいです。 自分がもしそうだったら、こうとらえながら「子育て支援とは?」「福祉とは?」についてみんなで学んでいけたらいいですね。

* もし、ある日突然、私の家族が障害をもったら
* もし、ある日突然、子どもが学校や仕事に行かなくなったら
* もし、ある日突然、子どもが部屋に閉じこもって話をしなくなったら
* もし、ある日突然、子どもが泣き出したり、暴れたりしたら
* もし、ある日突然、子どもの世話が出来なくなったら
* もし、子どもなんか産まなきゃ良かったと思うようになったら
* もし、子どもを殺したいと思う自分を発見したら
* もし、・・・
 そして、もし、自分が支援して欲しいと感じたら・・・あなたは、何を求めますか?

障害児の子育て支援の現状と課題

"すぐには覚えられない、今は出来なくとも、毎日、繰り返しながらそこに寄り添う事で、必ず成長する。たとえ、社会的な生産能力が発揮できなくとも、人間として成長しつづけている。"
障害のある人たちは、人間の素晴らしさや命の大切さを教えてくれます。そして、障害のある子どもたちが必要とする教育や支援は、そのまま、今の社会に一番求められている教育や支援だと感じます。

子どもは一日中、学校にいるわけではなく、家庭や地域でも生活しています。健常といわれる子ども、障害のある子どもの学校や地域、家庭生活においていろいろな問題が山ズミされています。
これからここで取り上げる課題は、学校や福祉機関全体を含んだ問題なので、保護者にはなかなか把握しづらい部分と思います。保護者や児童、生徒の抱える課題は、たくさんありますが、その殆どが、学校を離れた所にあります。身辺自立、生活習慣や家族環境、関係の問題、社会参加、将来の進路、障害の受容 等があげられると思います。これらは、健常児の問題と殆ど同じと感じます。

白老町の現状では、小学生や中学生に対しては、学校教育が中心となって対応する形になっています。これは、教育機関と医療・福祉機関が法律などによって分けられていることも原因の一つです。これら、子育て支援機関としての役割を一つに(支援が必要な一人の子どもや養育者を中心に)考える事は出来ないのでしょうか?

私たちは、そこに援助を必要としている人(子どもや保護者、)がいたら、その人たちのために、出来る事を皆で考えて解決や緩和に取り組んでいける状態が一番と考えるのです。子どもや養育者がかかえた問題を解決、緩和するために、福祉や医療の役割が欠けた時は学校教育が、学校教育の手が回らない時には福祉や医療が手を差し伸べてもいいのではないかと思うのです。
「縦割りの行政施策」「閉鎖的な学校教育」よく耳にする言葉ですね。教育と福祉の谷間・・・。この問題を埋めることは出来ないのかと思いました。

具体例をあげると、A子さんへの、これまで関ってきた病院やことばの教室、保育所又は幼稚園、保健婦、などの協力(連携)支援です。A子さんのこれまでの指導の経過や成長の記録などを土台とした、学校での指導内容へのアドバイスや協力です。それらは、入学時や転校時などへ移行する一定期間における学校教育(担当教員や学校)が最も必要とする内容です。自閉症児にはこう、ダウン症児にはこう、脳性麻痺児にはこう、など、それぞれもマニュアルに沿っての指導要領で、画一的な指導をすることのみで、障害が緩和出来るわけではありません。しかし、これまでの教育と保育は、文部省、厚生省とにわけられており「管轄外の者が口を出すな!」的な対応でそれぞれが聖域でした。
その限られた中で、かかわる方々は協力して、小中交流学習、レク、町内福祉施設との交流、親の会への参加など新しい取り組みを行うなど、徐々に現場に関る人たちによって聖域の壁がなくなってきています。なぜなら、障害児の支援には、長い年月と一貫した支援が必要だと感じた方々が動き出したからです。

乳幼児期、学童期、青年期、の支援の結果がどのように生かされ、どのように影響しているのかを理解しながら、それぞれの発達段階に合わせた指導や援助が不可欠と感じ始めたからです。このような意識が生まれてきたのは、障害者への理解とともに、ノーマライゼーション、インテグレーションなど、施設での隔離した支援から、生まれ育った地域での支援へと社会が変わってきたことが上げられます。介護保険の施行もその一助を担っていると感じます。

支援するにあたって、いろいろな疑問が湧いてくると思います。予想される疑問点を取り上げ、なぜ必要なのかを考えてみます。(文中の囲みの部分は、障害児ののみではなく、健常児も含まれると考える部分です)

*****なぜ連携した支援が必要なのでしょうか?*****

 1つの問題にどう対応したらよいのか、教師は教師の立場で、親は親の立場で、学校や教育委員会は組織の立場で、福祉は福祉の範囲で、・・・それぞれ考えながら取り組んでいく事になります。
 それぞれが、異なった目的で取り組んでいるため、対象となる子どもや保護者がその間に挟まって混乱してしまうのです。例を出してみます。

* B男くんが幼児期に障害と判定された際、担当の医師から、「お母さん子どもに出来るだけダメと言わないように育ててください」とアドバイスを受けました。ところが、学校では、「なにしてるの。そうじゃないでしょう。そんなことしたらダメ!」の連発です。その上、「家でも、ちゃんと躾てください」といわれてしまいました。祖父母や家族の考えもあり、困ったお母さんは、学校と自宅とに分けて対応してきました。その結果、青年期を迎えたある日、作業所で暴れたり、出勤時になるとパニックを起こすようになってしまいました。お母さんは、毎朝、体が小さい時とは違って大きな体格で暴れる彼に、なす術もなく呆然と見ているしか出来ませんでした。彼は、学校時代はおとなしい優等生の子どもでしたので、まさか今頃になってそのツケが回ってくるとは思わなかったのです。

* C子さんは、場面かん黙障害と判定されています。この障害には、意思確認の際、その場面や人になじむまではyesかnoで答えられるように質問しながら取り組んでいく事になります。しかし、そのことを理解していないと、疑問詞(どうして?なぜ?どこ?など)で意思確認をしてしまいます。その結果、体が硬くなったり、泣き出したり、うつむいたりとどんどん回りの環境や人に対して恐怖心をつのらせる事になります。障害の緩和ではなく、重度化させてしまうのです。

* D子ちゃんは、母子家庭で、軽度の知的障害を持っています。お母さんは、生活を支えるために夜のお勤めに出ています。そのため、朝起きることが出来ず、D子ちゃんは遅刻が目立ちます。担当の先生が「お母さん、一度起きてお昼寝する事出来ませんか?」と告げたところ、(起きられない日は)学校をお休みする日が多くなってしまいました。

これらの例は一部分ですが、大切なのは、援助を必要としている、もしくわ問題を抱えた子どもや家族を中心に、それぞれの立場や状態を考慮に入れて総合的に取り組むことだと思います。それぞれの立場のものが、自分のテリトリーを守って対応しても、問題の解決にはならず、かえって複雑にしているように思います。
連携の意味を本当に理解して取り組まなければ、「会議や話し合いをした」という報告書(機関の防衛策)の作成だけで終わってしまうと感じるのです。
現状では、障害のある子どもの保護者を含めた援助が必要だと言った事に、まだ、あまり理解がなく、子どものみに焦点を当てて支援されているように感じます。抱える問題が明らかになるまで保護者や家族はとても苦しみます。
どんな立派な施策も人も、この解明が出来てはじめて活きるように思います。色々な相談を聞いていると、対処療法的な解明をしても問題は解決しないと思います。

≪特殊学級に通学すると、子どもに関する事や保護者の相談はどこで?》


特特殊学級の先生が窓口になります。
それまで、母子通園施設やことばの教室(言語障害児教室)幼児部、保健婦などで関ってきた療育機関との関係が、変わってきます。

就学(小学校一年生入学)とともに、これまで幼児期からかかわってくれた"ことばの教室"へは、施策の関係から、まったく通う事ができません。
特殊学級以外は、町外の自分がお世話になってきた機関へ、問題が起こる度に、足を運ぶのです。白老町には、知的障害児、情緒障害児のための相談機関がありません。ほとんどの機関は、室蘭市(児童相談所)、札幌市(特殊教育センター、専門医のいる医療機関)です。これらの機関は、教員ばかりでなく保護者や子どもも同じです。予約をして学校を休ませ一日がかりで出かけます。気軽に相談できる機関ではないのです。

 この、気軽に子どもの相談が出来るか出来ないかは、保護者や子どもの成長には、とても大切な事だと思っています。顔を見ただけで、「**ちゃん、今日はご機嫌だね!お母さん、髪切った?」と声をかけて接してくれる指導、援助の方たちには、「私たち親子を理解してくれている。これまで私達の経過を知っている。」といった安心感をもつことができます。

短期で移動する。障害のことは赴任してから学ぶ。これが現状です。
「お母さん、**になった時には、どうすればいいのでしょう?」「もう手がつけられません!動いてくれずこまっています。」「しないのでやらせようとしたら大声を出してとまりません。」最初は、ほとんどこの状態から始まります。半年もすると、ほとんどの先生が、「やっと行動パターンがわかりました!」と、落ち着いて対応してくださっています。

しかしながら、保護者にしてみると、頼りにするはずの特殊学級の先生に任せておけない状況とわかったとき、とても不安になってしまいます。かといって、これまでお世話になった機関に、学校の現状をお話しても子どもの成長に伴う変化なのか、対応の仕方から起こってきているのかを理解できるまで混乱したままでの対応です。
現状の中で、自分たちで何とかしていくしかなかく、あきらめるしかないと感じても無理はないように思います。その結果、社会的なつながりを失い、子どもの囲い込み(自宅で過ごす)、施設入所へとつながる場合も起こってきます。

小学校のうちは、進路指導がそう重要視されませんが、中学校ではそうもいきません。この状態の先生が、特学に馴染んだ頃に進路指導が始まります。地域の状況の把握や保護者との対応、子どもの状態など、一生懸命に取り組んでも、短期間で出来ないのが進路指導です。まして、その地域(白老町)での赴任期間が短い、もしくは特殊教育を担当して年数の少ない先生には、荷物が多すぎると思います。でも、これが白老の現状です。

在宅にする、普通学級でがんばり通す、お母さんたちのお話を聞きながらいつもお話の中で共通してくる問題でした。子どもの障害を受容するには、母親や家族に対する援助が必要ととても強く感じます。
保護者や家族への支援は、とても難しく、1歩間違うと、養育者を自殺に追い込むことにもなりかねません。ただ、専門のカウンセラーや教育心理士を配属する事で解決される問題ではないと思います。

長い時間をかけて、寄り添いながら、一緒に子どもの事、自分の事、家族の事を相談できる状況がまず必要とされていると感じます。

≪地元の社会資源ってなぁに?》


具体的には、ことばの教室、児童相談所、保健婦、作業療法士、などが、社会資源になります。
ここでの社会資源とは、意味からすると、地元の学齢期の障害児がもつ、機能の低下(障害の度合い)に対して、社会的にそれを補う目的で行われたり作られたりした、建物や設備、資金や物資、集団や個人の持つ知識や技能のことです。
どこに、何が、どのように、どんな形で、どんな時に、誰が、障害児を援助して来たのか、現在はどうなのかを知るのは大変なようです。
これは、保護者、新任教員、町外在住町職員や教員、にとっては、なかなか理解するのが難しいようです。

≪地元の社会資源の状態や障害児療育の仕組みの理解に時間がかかる?》

一人の障害児への治療と養育(療育)に、多くの専門家が関っています。
教育では特殊教育を学んだ教員が、医療では障害種別によって担当科の医師が関っています。福祉では、療育手帳(障害の認定された場合に発行される手帳)の交付に、児童相談所の児童福祉士が担当しています。また、特別児童手等の手当の支給は、役場の町民サービス課や健康福祉課です。肢体不自由児のためのリハビリ訓練、知的や言語障害児のためのことばや作業の訓練はこだま園やことばの教室が行っています。
この他にもたくさんの社会資源があります。子どもの障害の状況、家庭環境、所得額などによって利用できる社会資源が微妙にかわってきます。

障害の概念は、どうして障害なのかを教えてくれます。
児童福祉法や障害者福祉法は、社会が子どもたちや障害者をどのように支えているのか、具体的に示してくれます。
方法論は、援助者としての心構えや客観的に利用者のニーズを捉えどのような援助があり、どのようにつなげることで利用者の抱えている問題を解決もしくは緩和できるのか体験させてくれます。
ですが、それぞれに専門性が必要とされるため、分業体制となっています。ですから、これらを理解した上での指導や支援は、担当者や保護者が一人で背負いきれる内容となっていないのです。

教員と医者と福祉士の違いは、教える人、治す人、つなぐ人といった違いと考える事ができるのではないでしょうか。ですから、お互いの専門分野を尊重しながら連携をとって、対象となる利用者(ここでは、学齢期に問題や課題を抱える子どもや家族)のために、活動できる人達だと考えます。教育も医療も福祉も、人を相手に、その個人の成長や特質を尊重しながら支えていくことが、その役割であり使命だと思います。

 ≪特殊教育の教員の方々は、どの程度学んでいるのでしょう?》

 保護者が教育に対して疑問を待つ部分です。
 障害児教育についてどこまで教員の方が学んできているのかは、個人差があるようです。それは、特殊学級を担当する先生には、養護学校教員の資格が必ずしも必要とされていないからです。また、教員としての経験年数なども必要条件とされていないため、一から学ぶ場合と、そうではない場合とがあるようです。

支援者と利用者の関係は、言い換えると、思っているよりお互い何も知らない関係といえるかもしれません。

≪継続的な支援がなぜできないのでしょう?》


担当する部課が変わることはさきほでしめしましたが、そのほかに、担当職員と教員の移動があるからです。担当の移動には、体制からくる移動と、本人が希望して移動する場合とがあるようです。ここでは、学校教育を中心に捉えて見ます。
白老町の学校教育の現状では、発達段階もニーズも異なる障害児に対して、ほとんど経験のあさい教師がみています。専門教育を受け養護学校教員の資格をもっていても普通学級担任を希望する教員自体も少なくないようです。(「持っていると教員採用に受かりやすいから資格を取った」などと平気でノタマフ先生もいらっしゃる。)
一方、希望に燃えて担当しても、2年、3年もすれば疲れて交替してしまう(教員の場合)、何年かで異動になる(行政職員の場合)というのがここばかりではない実情のようです。

続かない理由はそれだけではないようです。教員の場合ですが、「普通学級であれば、子どもたちの伸びをそれなりにつかむ事も感じる事も出来るのでしょうが、特学では今の指導がずっと後になって実を結びます。今の自分の行っている指導の自己評価ができにくいのが特殊教育なのかなと感じます。」教師としては、教師自身が認められる、安心できる所での評価でなければ実感が湧かないのかも知れません。
また、肢体、情緒、知的、重複、などの障害の違いで、保護者の障害の理解度は異なります。学校以外で関る機関の多い保護者ほど、たくさんの情報を持っています。ある意味、関っている担任の教員よりも知っています。その一方で、子どもの状態をまったく理解できないまま『普通学級では無理です。』と、特殊学級へいく事を勧められて仕方なく通わせている保護者もいます。

 この状況のなかに、大学を卒業したばかりの若い先生たちが赴任してきます。なかには、普通学級では不都合が多い、特殊教育の本質的な目的や役割を把握できていない状況のベテラン教員もいらっしゃる特殊学級へです。(このような先生方ばかりではありませんが)
学校教育が子ども達の教育権や福祉権を守ってくれる場であると考えると、健常児の学級で、もし同じ状況ならどう対応されるのでしょう。担当した教員が、障害児教育に真剣に関ろうとすればするほど、理想と現実とのギャップをまともに受けなければならなくなる白老町の学校教育の現常があります。

また、新任の先生には、新任研修というのがあり、1年目は学級を空けることが多くなります。この際、必ず、補助するために教員や講師が配置されることになります。この間、子どもにかかる負担やストレスはどのように支援されているのでしょう?
 
≪保護者とのかかわり方がわからない(先輩がいない)(何か特別なかかわりが必要?)》

障害の違いや需要の状況によって、保護者への対応が同じに出来ない事は、先述しました。とくに、保護者と一緒に行う学校行事の際、保護者に気を使うあまり子どもを忘れてしまったり、これまでの行事の流れが理解できなかったりする姿を目にします。
障害児は特別の教育や必要とされる援助が必要とされる子ども達です。そのため、保護者への対応も健常児の保護者と同じようにというわけには行きません。
それと平行して、毎年同じように行われている行事は、保護者にとってはあたりまえの事なのですが、移動される教員にしてみると、何が何だかわからない。誰か教えて!状況のようです。何年かで順に入れ替わる状況に無いため、2年目イコール、ベテラン状況(すでに教えてくれた先輩はいない)になる、町独特の問題かもしれません。問題は、現状での特殊教育が教育の本来持っている役割を果たせない状況にあることです。

教育と福祉、そして医療も、根本的には同じ目的をもってそれぞれの役割を果たしていると思うのですが・・・。 具体的に関っている教員や支援者、保護者が、
a.特殊学級での役割
b.特殊学級の障害児の社会的困難
c.学校全体の教育体制と特殊教育との関係と役割、
d.子どもの学齢期後の社会の状況や展望
等についてどの程度把握し"自覚して"関っているのかで、大きく変わっているように感じます。

「してやる、助けてやる」意識では続かないのです。援助する方が素晴らしいのでも、指導する方が偉いのでもありません。お互いが、支えあって成り立っています。自分の事としてお互いを理解しあう事がまず必要と感じます。
赴任したばかりの教員が、最初に抱えるのは、指導しようとして保護者から突き放されることへの疑問や不安のようです。特に最近は、上下関係に保護者は敏感です。

 特殊教育の町の体制や特殊学級の課題は、"課題"である限り批判も当然起こってきます。保護者のみでは、なにが問題なのか毎日の生活の中で見極めるのはとても難しく、子どもの状態で、一喜一憂の毎日です。
 そして、年月を重ねるうちに、先生個人の問題ではなく、町全体、そして特殊教育全体の問題、ひいては教育全体の問題ではないのか?と考えるようになりました。(同じ問題が繰り返し起こってくるからです。)

批判から、抜け出すのには他からの協力が必要と感じます。お互いの批判から、お互いの理解へと導くのはとっても難しい。お互いの理解のためには、相手がどんな状況に置かれているのかを理解する事から始まると思います。

≪どんな相談機関があるのでしょう?》

 学齢期の児童、生徒や保護者の相談に乗ってくれる機関は、民間と行政とに分かれます。
行政機関としては、文部化学省管轄の特殊教育センターや厚生労働省管轄の児童相談所、福祉事務所が主な相談機関となります。
学齢期と乳幼児期の相談援助機関が、同じようで違う事は、以前にも取り上げました。子どもは、法律によっても、その対象年齢が違い、支援期間や内容も変わってきます。一方、民間の相談機関としては、社会福祉協議会や児童福祉施設、などがあげられます。

相談機関として専門に相談に乗ってくれる所と、専門ではなくとも対応してくれる所など、相談の内容によって異なってきます。それは、相談するきっかけになった問題に対して、その機関が解決できるか出来ないかによって分かれてくるからです。この見極めはとても難しいため児童相談所の児童福祉士が主に担当しています。しかし、児童相談所では、対処療法的な対応で終わってしまうのが現状です。

 町の社会福祉協議会には、障害児(者)のための専門相談員はおらず、児童福祉施設は肢体不自由児専門の機関です。これらの機関は、特殊学級に通う子ども達や保護者の相談には、一部を除いてほとんど応じる事が出来ません。

 学齢期の障害児や保護者のために必要な支援には、大きく二つあると思います。一つは、社会資源を活用する目的の支援で、これまで取り上げた所です。もう一つは、カウンセリング的な支援です。

 一番、身近な支援場所として、手をつなぐ育成会や各障害者団体の運営する親の会が考えられます。しかし、どこの親の会も過渡期にあるようで、参加者が減り続けています。若い世代の保護者は、親の会を避けようとします。その大きな原因は、「ここで今現在の相談をしたくても、将来の事を中心に答えが帰ってくる」ところにあるようです。
 小学校から中学校へと進んでくる間に、保護者の考えや、子どもの状況が少しずつかわってきます。この時、避けなければならないのは、片寄った考えや指導によって、子どもの囲い込みへとつなげてしまう事です。
 小学校時代では将来の就労のことより、「この子は一体どうなって行くのだろう。」「他のお母さんはどうしているのだろう。」「この子と一緒にいるとき、周りからこんな傷つく事を言われた。どうしてそういわれなきゃいけないの。」「うちの子がいるだけでそんなに迷惑なの?」 そして中学校では、「特殊学級に入ったらお嫁にいけない。」「どうせ、学校へ行っても、就職できないのなら、家に置いたほうがいい。」「重度の子と一緒にいたら、家の子もいっしょの扱いをされる。」

どうすれば、この状態を、回避もしくは緩和できるのでしょう?
特効薬はないと思います。
子どもの障害を抱え込む時、親は(特に母親は・・・)自責の気持ちが大きいほど長く、強く、子どもを守ろうとします。父親と母親の違いは、「間違いなく十月十日の間、自分のおなかにいて自分の体から生まれた!」という隠しようのない事実に対する、感じ方の違いだと思います。
よく囲い込みが問題視されますが、母親の障害の受容が一番大切なところで、一番援助しなければならない所だと思います。表には出さなくとも、自分を責めつづける母親に、指導する事は、火に油を注ぐ事になるといった事実を受け止めながら、長く援助する場や人が必要と感じます。特に、「指導」の場である、特殊教育においては。

≪職員には、組織の中での役割がある?≫

ここでは、学校の状況を例に取り上げますが、この状況は、職場全体が組織として動く際に必要とされる役割と、それに伴う課題と思います。"学校では、役所では、あそこの団体は、…してくれなかった"と、非難される陰に、体制から来る課題が横たわっているように思います

「特学の教員と言っても、**小学校、**中学校の教員として学校の年度行事やクラブ活動など、普通学級の行事にも参加しています。普通学級へのお手伝いや、行事にも必然的にかかわらなければなりません。」(教員)

この状況は特学の保護者にも理解できます。その様子を見て、学校の中で、普通学級と特殊学級の先生達が、お互いの連携して助け合っていると捉えたいのですが、どうもそうではないようです。
学校内の状況は、私達の目には映らないところですが、「自分の学級の子ども達を放ってまでしなければならない学校の役割があるのだ・・・。」と写ってしまいます。
これは、ある意味、普通学級でも同じなのでしょうが・・・。ゆとりある教育とは、まず、関ってくださる教員自体に、ゆとりがなければ無理と思うのですが・・・。(いまの学校の状況では、理想論でしかないようです。)独身や子どものいないの先生方の試練は続きそうです。

≪保護者の家庭問題、環境問題を相談されても対応できない?》


教育は、学校教育と社会教育とに分かれます。学校生活全般に対しては学校教育課が担当しますが、地域や家庭においての児童生徒関係する指導ついては社会教育がたんとうします。
「特学に通う子ども達の家庭の状況が、直接子どもに出てしまいます。子どもの障害をきっかけに、家にこもってしまったお母さんにとっては、話す相手もなく、たくさんのストレスを抱えている事が多いように感じます。その他、お母さんが病気で入院した。おじいちゃんが倒れた。両親が離婚した。再婚した。失業した。などの問題は、障害児の家庭だけの問題ではないのですが、特殊学級では、そのまま子どもの学校生活に跳ね返ってきます。普通学級では、あまり立ち入る事のない家庭問題も、特殊学級ではあたり前のように話したりします。」(教員)

 「子どもへの非難は、他人ばかりではなく、ごく身近な家庭においてもあります。子どものみではなく、母親批判もまだまだ多いようです。障害児を抱えた家族への関りは、お互いが信頼できて初めて出来るのです。ですから、『こんな事まで話さなきゃならないの?』と、顔をしかめる初めての先生方にとっては、納得出来づらいかも知れません。」(保護者)
 このように、家庭や地域社会、福祉の問題と学校教育の問題とが重なる場合、その支援は、担当した教員の教育観や環境に左右されてきました。
反面、保護者が学校外の支援について、どこまで求めるかについても同様と思います。
安心して子育てできる、健全育成の視点から考える時、何らかの支援が必要と考えます。

≪教師が対応できない?相談するところがない?》

全くないわけではありません。特殊教育センター(札幌)や児童相談者(室蘭)、知人や先輩教員などへ相談しながら対応する事は可能です。
しかしながら、自分が担当している子どもについて、ある程度理解できたとして、その解決へ向けて、対応できる場合と出来ない場合が出てきます。「**先生はここまでやってくれた。」「**先生は何もしてくれなかった。」というような現状があります。教員のみで対応しなければならない現状が生み出した、教員間の格差と感じますが、このままでよいはずはありません。

子ども達が特殊学級で学ぶ場合、その必要性を伝え、保護者が了解した場合、特殊学級へ在籍することになります。その際、いろいろな機関の関係者が集まり協議して決定します。しかしながら、就学委員会は、決めた後のケアはしませんし、その役割は持っていません。ですが、決めるだけ、人数を把握するだけの就学指導委員会で良いのかと疑問が残ります。
統合教育や地域での教育は、生まれた町で障害者が生活できるか出来ないかといった大きな問題も孕んでいます。これから本当の意味で統合教育を考えるなら、出来るか出来ないか、この就学指導委員会での対象児童の把握とその後の支援がキイポイントとおもいます。把握した障害をどの程度緩和できるのかまで考えて初めて生きる委員会と思います。

≪最後に》
障害者への理解は、幼い頃からどれだけ障害者に関ったかで大きく違っています。
これからの複雑な社会の中で、白老町の将来を託す、担い手としての子ども達を育てていくためには、子育てに真剣に取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。子ども達を取り巻く様々な問題は、今抱えている問題と、未来に向けてこれから起こり得る問題があります。
現状では、抱えた課題や問題が保護者のみでは解決できない状況にあります。子育てを終えた人、子どものいない人、職場、家庭や親族、地域や自治体までも巻き込んで、まず、考える事、知ることが必要だと感じます。無関心や不勉強では、現状を改善することが難しくなっています。人任せや、流れに沿っていくといった、これまでの子育てでは、次世代を育てる事が困難な現状に、恐ろしさを感じるのは、私たちだけなのでしょうか?

学齢期の子育て支援について

障害児教育の枠の中で考えてきましたが、ここに含まれる問題は、本当に障害児だけの問題でしょうか?
小学生からの万引きや不登校、学習障害児のいる普通学級での取り組み、PTA活動の活発化、地域での教育など、たくさんの問題を保護者や教員は個人で抱えて込んでいるのではないでしょうか。
母子通園センターが萩野小学校内に併設されますが、センターが担うであろう役割に期待しています。従来のように、指導や訓練が中心となるセンターとしての役割のみではなく、学校教育、社会教育と連動した形での統合的な子ども支援センターであってくれればと願ってます。
従来のように、健常児と障害児とが教育と福祉という形で別々に考えられ対応されてきたことによる弊害をまず認識する必要を感じます。
子育て全般にわたって情報提供や支援そして指導の管理や調整ができる、関係者が連携できる場であってくれればと願っています。社会教育では地域に根ざした教育がなされる事と思いますが、思いやりや助け合う心は、一つ間違うと大きな誤解を生むことになります。「与えられる、恩恵のような」教育や福祉に陥らないために、必要な子育て支援が必要になった時、必要な人が、必要な部分について的確に支援してくれる場が求められているのではないでしょうか?

     放課後の子育て支援
  〜ともに育ち合える児童クラブに〜      池本 啓子

(実際の小冊子の構成と少々違っています。) 


働 く マ マ と パ パ の た め の 学  童  保  育              

 放課後に両親等が不在となる児童(1〜3年生)を対象に、放課後 児童対策事業(児童クラブ)を実施する。

白老町では平成 5年白老児童クラブとして美園児童館内に開設             
その後、 平成 6年竹浦児童クラブ 竹浦コミセン内                 
     平成 6年萩野児童クラブ 萩小内空き教室                 
     平成 7年鉄南児童クラブ 白小内空き教室                 
     平成10年鉄北児童クラブ 緑小内空き教室に移動              
                                         
さらに児童館のない虎杖浜に                            
       12年『浜っこの家』 虎杖小裏元教員住宅に新設されました。      
                                        
4地区児童クラブ開設時間 月曜〜金曜 12時15分〜17時45分 第1・3土曜 11時15分〜17時45分 第2・4土曜  8時30分〜17時45分
春・夏・冬休み  8時30分〜17時45分
                                         
利用料金                                     
 ・ 現在利用料金は無料                              
 ・ 傷害保険に加入 年間1000円弱の保険料が必要                
 ・ 父母会費(おやつ代と備品や消耗品など運営費 各クラブで異なる)                     
                                         
帰宅・お迎え時間                                  
 勤務終了次第全学年お迎えが原則                         
 (但し 開設時間内にお迎えが不可能な児童に対しては相談の上歩いて帰宅)     
                                         
持ち物・準備                                    
 児童クラブ専用上靴・コップ・着替え・文具など各クラブで多少異なります      
  遊び道具・・・保護者の判断に委ねるが、ゲ−ム機など登校日において学校で      
 (      禁止している物は許可できません。             )    
                                         
         児 童 ク ラ ブ の 生 活         
                                         

「ただいま」と帰ってきたら くつ・上着・かばんを決まった 場所におく。  ハンガ−にかける練習も  します。 入室後は 頑張った事 けんかした事 ほめられた事 勉強道具を忘れた事 給食の事 放送に出た事 図工の作品の事 わからない勉強の事 聞いてほしい事 たくさんあります。 新1年生にとって不安の 1つ・・・・・・和式トイレ (全町の保育園は洋式トイレ) どっちをむいてするの? どのへんでするの? クラブの生活は トイレトレ−ニングから

毎日大勢の友達と一緒にいて (クラブによっては20人以上)トラブルの 無い日はありません。 指導員は双方の思いを聞いた り、気持ちを代弁したり 「人」を学んでいきます。

・ 1日中外で遊ぶ子 ・ 1日何冊も本を読む子 ・ 何日もかかって工作を  する子 ・ 家庭学習をする子 ・ 途中習いごとに、出掛  けていく子 ・ リ−ダ−として育って  いく子 1人ひとりのペ−スで 時間が流れていきます。

3時のおやつ 入室時間・帰宅時間がいろいろなので、活動の中には始め おやつはありませんでした。帰宅時間の遅い父母の希望で おやつタイムが実現 父母が交替当番で準備します。 卵を割る・ナイフで切る・手作りや洗い物など       家庭生活体験もしていきます。

年長さんの時は「お手本さん」になって 何でも出来るおにいさん・おねえさんだっ た。 小学校に入学したら・・・・・・ 「まだ1年生」で出来ていた事も、しなく なる事があります。  でも毎日上級生の姿から、これからの 自分をみつめたり、つくっていきます。  1年生の時は言わない子でも、3・4 年生になって「おんぶ」「抱っこ」と 言い出す子がいます。 友達ではダメ、指導員に「見て見て」 とそばにいて共感してほしい。 安心した『居場所』を責任を   持って保障しなければと思います


全道各クラブの当面の緊急課題                           
                                         
  「高学年の子どもの放課後生活と学童保育」                   
                                         
 学校では「総合的な学習」の導入を目前に、「生きる力」と「学力」に関する議論が  
沸騰しているようです。                              
                                         
  「生きる力」    コメント力 ・ 段取り力 ・ まねる盗む力           
                                         
                   を具体的に提案している教育学者もいます。  
                                         
 とりわけ学童期には、集団の中で遊び自分を発見し、自分を定める作業を開始する。  
この子どもの遊びの教育力はものすごいもので、不登校の発生要因として「人間関係   
のきつさ」に耐えられない心理を見るのですが、学童保育所での遊びのなかに明るい   
展望が見えてきそうです。                             
                                         
 また高学年では、確かな友人関係をつくりだしていく環境を保障することが何より   
大切なことのようです。                              
    あの時、自分をわかってくれて交わってくれた友人がいたら          
    あの時、心底支えてくれる大人の存在があってくれたら と
                                         
      どれだけ 悔しい 哀しい 思いをしていることか はかりしれません。  
                                         
 しかしこの子どもの『居場所』としての環境は充分に保障されているだろうか。    
                                         

* 子どもたちに保障すべきこと
   ゆったりとした関わり・時間の保障    自己評価を高める関わり・対話   } その子の必要とする

        ペ−スで
   対人関係の経験の機会をたっぷりと トラブルから学ぶ

   社会との関わり・未来への展望    共感的理解をもとに、寄り添い    条件つきの愛「甘やかす」こと 総合学習・生活体験など存在の必要な甘え」の充足の区別
支える大人のと依存「必要

                                         
学童保育研究集会     実 践 報 告                 
                                         
稚内富岡学童保育所  「学童保育所を第2の母港に」                
                                         
 父母会が運営する共同学童保育所は6年生までの受け入れをしているのに対して、   
留守家庭児童対策事業として教育委員会が運営している所では(公立)、ほとんどが    
3年生までです。                                 
 公設開始2年目、当時の3年生が「引き続き学童に来たい」との思いを受け、また  
遊び・人間関係 のリ−ダ−として4年生以上の存在が必要と指導員も感じていたので   
「指導員の補助」として通所を認める事となった。卒所と同時に「ジュニア指導員」   
と名づけ、帰宅してから来る事・おやつは期待しないなど受け入れの基盤作りに試行錯   
誤のスタ−トだった。 しかし申請登録児童ではないので事故やけがの保障が一切な   
いなど課題はあった。いずれにしても、開所以来手のかかる4年生だったが、けん玉・  
こま回しなどの技をみがく遊びの種類も増えたり、バス旅行・キャンプ・河原でバ−ベ
キュ−など行事も計画する事もできた。彼らの成長は誰よりも感じている。早くやめ
ていった子はつながらない。1年からのつながりがあったからこその関係だと思う。

  学童保育所は子ども達に保障された『居場所』。           
        来たいと思っている子に大人が調整するものではない。
   

札幌共同学童保育所   「高学年の放課後生活の中で大切にしたいこと」

 1年〜6年まで 32名在席(ダウン症・知的障害 含む)
 指導員2名 パ−ト1名

 高学年だけでのびのび活動できる場として、毎年キャンプを行なっている。しかし、
昨年とりくみを面倒がったり、何をするにも人まかせだったりで思い切って中止をす 
る事にした。反応は様々だったが、低学年にカッコがつかないなど何とか不十分だが   
日帰り登山の計画を立てた。予想以上に大変だったけれど子どもたちは達成感を味わ
いキラキラ輝いていた。低学年にあこがれる高学年でいたい。学校(同学年)では見せない   
顔がそこにあった。                                

  高学年の放課後生活は留守番ができる・できないではなく、自分なりの役割を   
 見つけ自主的な行動ができる場をつくらなくてはいけない。        
  子ども達は、日々の生活の中で『居場所作り』で育つ。

                           
学 童 保 育 は                           
 
「働く親の子どもたちの放課後を守り、その事を通じて親の働く権利を守る」
ことにあります。
 平成9年6月学童保育が法制化され、「遊び及び生活の場を
与えて健全な育成を図る」事業と規定(児童福祉法第6条の2第6項)されま            
した。この事業の目的が「すべての児童の健全育成」と区別し
て、「生活の場」を与えると明確になりました。  
 一方文部科学省管轄では「すべての児童の居場所づくり」を       
推進しています。地域の教育力・安全な遊び場の確保の必要性・   
余裕教室の有効活用など子育て支援のニ−ズの高まりとして行   
政側に認識されてきています。
 町内でも多くの親御さんからも全児童対策事業としての希望
があり、虎杖浜地区では父母・地域の大人が力を出しあって『児
童センタ−』をつくりあげました。            

 全国の保育園の父母会が何十年も前から学童期の保育を考えてきましたが、白老町
では法制化される前から「放課後児童対策事業」を行なっています。


 しかし余裕教室の有効活用では「生活の場」としては多くの問題があります。

  専用トイレ・水飲み場がなくクラブ室から                  
  遠かったり冬休み中水落としで使えない   体調が悪くても休むスペ−ス
                       が確保しにくい      
    5時間目授業中  
    下校が早い1年生は                  教室1室では  
    すぐ元気に遊べない   給食のない日の昼食準備や   入会できる   
                手作りおやつなど、専用の    人数も限られる 
                調理・洗い場の設備が無い
                                
             グランド・体育館は                    
           6時間目(クラブ活動)・運動会の練習・学校行事・          
           スポ−ツ少年団への開放などで               
             自由に帰宅時間まで使えない          
      
        
  また平成5年1室数名の受け入れから始まった事業も、年々利用者も増え現在20名 
 近くの子ども達の自由遊びを1人の指導員が見守ると言う状況です。4年前25名を越 
 えるクラブでは、安全確保が出来ないなどの理由から父母会の要望で人数の多い時間帯 
 2時間に補助職員の配置がされました。その後特別なニ−ズ教育が必要な児童の入会で 
 補助職員の時間が延長された所もあります。                    

   厚生省児童家庭局育成環境課長通達による活動内容
国が定める指導員の仕事


   ・放課後児童の健康管理、安全確保、情緒の安定    ・遊びの活動への意欲と態度の形成    ・遊びを通しての自主性、社会性、創造性を培う    ・放課後児童の遊びの活動状況の把握と家庭への連絡    ・家庭や地域での遊びの環境づくりへの支援    ・その他放課後児童の健全育成上必要な活動

  事業内容が拡大されつつある中、補助単価は据え置かれているようです。充分な運営 
 資金・職員配置の無 い中各地区の指導員は試行錯誤を繰り返し子ども達に安全で安心し 
 た豊な放課後の生活づくりをするため日々奮闘しています。公的責任で指導員の位置付 
 けにも着手すべきではないでしょうか。                      
                                         
  平成11年6月男女共同参画社会基本法が公布・施行されました。          
    目標
                                         
    男女がともに暮らし子どもを産み育てることに夢を持てる社会の実現に向   
    けて地域全体で子育て家庭を支援するための施策を総合的に推進すること    
                                         
                                         
  21世紀を迎え、国をあげて緊急課題として子育て支援・就労支援から多くの施策が始 
 まっています。保護者一人一人が運営に関わり、我が子の幸せを願い施設整備や活動内 
 容など話あいながらよりよい学童保育づくりにとりくむべきではないでしょうか。   

学童保育を卒業したら?

 ほとんどの学童保育所は3年生までです。 4年生になるとクラブ活動も始まり、  
学校にいる時間が長くなりますが、2時間以上の「空白時間」があります。
 なんといっても夏休みなど長期休みは、働く親にとって最大の悩みになります。
地域の状態・友達の動向など親が情報を集めて客観的に判断する事も必要でしょう。
 また思春期の心や体の変化にも理解し、ひとりひとりのちがいを認め合うことが    
大切な時期にもなってきます。

 体験記                              
  * モト学童の友達と遊び、わが家が「たまり場」            
    昼間の兄弟といわれる学童の友達はとても良い関係に育って親も安心  
  * 習いごとや塾に通わせる                      
    どこで何をしているか心配。子どもと相談して友達が行ってる所へ   
  * 長期休業など「お母さんもお昼ごはんだよ」と電話をかける      
  * 学童保育中からお世話になるだろうお宅としっかりコミュニケ−ション 
  * OB父母会を立ち上げ交替当番で昼食の場つくり           
  
 思春期の心                           
  □ 気になる自分                            
               ほかの人と自分とのちがいや自分らしさを意識する
               ようになります。周りの人から、どのように見られ
               ているかが気になる事もあります。 また、「自分
               の考えで行動したい」という気持ちが強くなり、周
               りの意見を素直に聞けない事もあります。    
 
  □ 気になる異性                 
    思春期になると、異性への関心が高まり気になっ 
   たり、仲良くしたいという気持ちが強くなったりし            
   ます。その一方で、一緒に遊ばなくなったり反発し        
   合ったりする事もあります。           
  
  □ 思春期のなやみと健康
    思春期は、なやんだり、考えたりしながら、心が発達していく時期です。
   しかし、あまり深くなやんだり、いらいらが長く続いたりすると、おなかが
   痛くなったり、体の調子が悪くなったりする事があります。それは、心の働
   きをする脳と体のいろいろな部分とが神経やホルモンでつながっていて、心
   の変化が体に影響するからです。
              

 子育て支援と男女共同参画社会
  〜いろいろ学びたくなりました〜        松原 雅子


1. 学童保育 

私は昨年度、学童保育の指導員補助の仕事をさせていただきました。
自分の子どもも学童保育にお世話になり、指導員としての立場・親の立場、両方から、学童期の子育て支援について、考えたことをお話したいと思います。
 
≪指導員としての苦しみ》
 指導員補助のアルバイトは、軽い気持ちではじめました。時間的に、14時半から16時半までの短時間であること、夏・冬の長期休業中は仕事がないことなど、「ちょっとやってみようかな」と思わせる条件だったからです。ところがやってみると、身体的にもハードなら、精神的にも「超」がつくハードさでした。

〜指導員を試す子ども〜
 家庭の事情でつらい幼児期を送ってきた子どもがいました。今まで色々と傷ついた経験があるのでしょう、こちらを試すように、反抗したり乱暴したりしました。エネルギッシュな子でしたから、毎日が戦争のようで、「どうしたらこの子に信頼してもらえるのか?」となやみました。
 ある日あまりに手に負えなくて、冗談めかしてではありますが、頭をペシッとやろうと手をかざしたことがありました。するとその子はスッと頭を防御する姿勢をとりました。それがあまりに、もの慣れた様子だったので、私は手から力が抜けてしまいました。
 「この子は何度、こうやって叩かれたんだろう」そう思ったら、そのいたずらっ子の顔が急に幼く、かわいらしく見えてきました。
「こんなかわいい顔して、どうして悪いことするんだろう?」と、子どものほっぺたをなでながら、思わずつぶやいていました。
 それから、なんとなく子どもの警戒心が解けてゆき、「もう、○○ちゃんは〜!」と怒ることもありながらも、その子との関係が作れるようになっていきました。

〜障害なのか迷う子ども〜
 また、ちょっと気になる子どももいました。ものすごく衝動的で、感情の起伏が激しいのです。普通、小学生ならば我慢できるようなこと、たとえばゲームで負けたりしたときなど、本気で悔しがって泣き喚く。あちこちと関心がとび、ランドセルを棚に入れることでさえ、指導員からなんども言われても、なかなかやり遂げられないのです。
 他の子が、「あいつ、わがままなんだもん」と、その子とゲームを一緒にやりたがらなくなったり、時間に従って行動しなければならないおやつの時など、なかなか席につけなかったり、指導員としてはいつも頭に?マークが浮かんでいる状態でした。ニコニコして抱きついてくる割に、指導になかなか従ってくれないと、なんだかわざと背かれているようで、恥ずかしい話ですが内心むっとしたりしていました。

 そんな時、なにげなく図書館で借りた本に、ADHD(注意欠陥・多動性障害)関係の本がありました。読めば読むほど私が毎日見ているその子の様子にぴったりと当てはまり、「わざとこちらに背いたり、泣き喚いたりしてるんじゃないんだ!」と納得できたのです。
 もしその子がADHDだとしたら、その子はその子なりに精一杯感情を抑えているのかもしれない。普通の子が1の努力で我慢できる水準にその子が達しようとすると、10、20の努力が必要なのかもしれない。わがままなんかじゃないんだ!
 けれど私の勤務時間では、指導員の先生とこの事についてじっくり話し合う時間がとれません。私がいる間は必ず子どもたちがおり、そんな話は出来ないのです。それに、学校の担任の先生に、あの子はADHDじゃないかと話した方が良いのかどうか?
 結局、指導員の先生に、なんとか時間を割いていただいてお話しました。さらにその指導員から学校の担任の先生へ、話をしていただいたのですが、担任の先生がその子をADHDだと思うのか、そう思ったとしてADHDの子どもへの対処方法を勉強してくださったか、分からないのです。

〜特別な配慮と手〜
 この2人のほかにも、「なんだか特別な配慮が必要だな」と思わせる子どもは結構います。特に軽度の障害が疑われる子どもがいた場合、保育者の手はかなりその子にとられてしまいます。
 他の子どもたちを安全に保育するためにも、実情に応じて保育者を増やすような措置が欲しいと、切実に思いました。

≪学童保育研究集会》
 学童保育の指導員という仕事に色々悩んだりはしましたが、毎日接する子どもたちは本当にいとしく、そのかわいらしさで悩みも帳消しになっていました。
 けれども事情があって、私は1年でその仕事を辞すことになってしまいました。やめてからも子どもたちの事は常に気になっていましたし、指導員の先生とも時々お話していました。
 そんな時、100人会議で研修させていただけるとのことで、札幌で行われた学童保育研究集会に参加しました。

〜第四分科会「働く親の子育て〜父母と指導員の共同の子育て〜」〜
 私が参加した第四分科会に集まったのは全道各地の父母と指導員で、皆悩みを抱えていました。
 父母が集まって運営する「共同学童保育所」では、施設の問題、積極的にかかわってくれない親、地域とのつながりをどう作るかなどの悩みが出されましたが、何といっても大きいのは金銭的な問題でした。
 一方、地方自治体で運営する学童保育は、開設時間や長期休業中の開設などが、親のニーズとかけはなれた実態であるところが多いようでした。また、「共同学童保育所」と違って、父母会がないところや、あっても実質的な活動はなされていないところが多く、指導員が孤軍奮闘している様子がみられました。中には親の養育放棄が疑われる事例も出され、指導員に大きな心労となっていました。

 白老は町で運営していますから、地方自治体運営の学童保育の持つ問題は、ほぼ共通していました。特に、町財政が苦しく役場の組織改革が進められている最中なので、学童保育担当の町職員はほかにも多くの仕事を抱えています。学童保育について研修する時間も機会もなかなかないので、個々の指導員の経験と熱意だけが頼りという、不安定な状況がここ何年も続いているのです。
 このように、どの学童保育も困難を抱えている中で、困難を解決していく力となるのはなんだろう?と考えると、それは父母会ではないかと思うようになりました。

〜札幌の事例 父母会の力〜
 私がそう思うようになったのは、研究集会でこんな札幌の事例を聞いたからです。
 札幌のある学童保育に、乱暴な男の子が入ってきたそうです。友達を殴るける、自分より弱い子をいじめる、学校でも先生の指示を一切聞かず、問題児として有名になってしまいました。
 母親は一生懸命子どもを諭し、しかるのですが、変化はなく、家には毎日のように「おたくの××君にひどく叩かれた」「けがをさせられた」と苦情の電話が入るようになりました。
 いたたまれなくなった母親が「もう、学童をやめさせます」と言い出したとき、指導員は自分でもどう対応していいか判断がつかないので、父母会で、包み隠さずにすべてを親に話し、父母会に判断をゆだねました。
 すると、はじめはただ××君の行動に腹を立てていた親も、「××君がいなくなってしまえばOKということで本当にいいんだろうか?」
「××君に厳しい目を向けるばかりで、彼のつらさやお母さんのつらさをわかってあげられなかった」と声が上がったそうです。
 そして「子育ては一人でなんて絶対できないよ。私たち皆で、××君を見守って、お母さんと一緒になって、育てていこう」ということになったのです。
 そうして××君に向けられるまなざしが、あたたかいものに変わっていくと、××君の問題行動が少しずつおさまっていき、学童保育に溶け込んできたのみならず、学校での行動も穏やかになったのだそうです。

「うちの子、児童クラブでこんなことやってさぁ」「最近××ちゃん、気持ちが荒れてるみたい」など、親同士や指導員との間で率直な話ができる関係を作ることは、親も孤独で不安な子育てから解放されるし、指導員も、孤軍奮闘せずに済み、独善に陥ることもさけられます。
 私は、児童クラブでの仕事中に、わが子の様子もみていますから、
子どもが児童クラブにうまく馴染んでいるか不安に思わずに済みましたが、普通は最初のうちなど、とても不安に思う父母が多いでしょう。
時々父母会で情報交換できれば、心強いのではないでしょうか?

〜父母会が苦痛〜
 一方で、この不況の折、父母の労働条件は厳しさを増し、仕事の内容も複雑になって、仕事だけでエネルギーを使い果たしてしまって、子どもに向かう心も時間も残っていないような父母も多いのです。父母会に出る元気なんかあろうはずがありません。
 指導員としては「もっと子どもにまなざしを」と思うのですが、それを指導員から指摘するべきではないようです。なぜなら、研究集会で、涙ながらに訴えたお母さんと、その言葉にうなずく父母がたくさんいたからです。
 そのお母さんは、「私だって、子どもがかわいい。もっと手をかけてやりたい。でも、今の仕事を失ったら家は食べていけないんです。分かっていても、風呂に入れる時間がなかったり、洋服の洗濯が間に合わなかったりするんです。心の中で、子どもに申し訳ないと思っている時に、指導員の先生から言われると、できるだけ先生を避けたい気持ちになっちゃうんです。子どもも問題をおこしがちになって、父母会も、苦しくって出られなくなるんです」と、声を震わせながら話してくれたのです。
 では、指導員はどうしたらよいのでしょう? お母さんは「○○ちゃんのお母さん、仕事大変そうだねぇ。それなのによくがんばってるねぇ」と声をかけてもらうことで、かえって「もうすこし頑張ろう」
「子どもをもうちょっとかまってやろう」という気になるのだ、といっていました。

≪学童期の子育て支援に求められるもの》
 こうして、自分の指導員補助としての経験と、学童保育研究集会で聞いた事例をあわせて考えてみると、私なりに、学童期の子育て支援に何が必要か見えてきました。

@支援者に研修の機会を
学童保育の行政の担当者や指導員、児童館の嘱託職員など、学童にかかわる大人は、一般的な研修に加えて、ADHDやLD(学習障害)など最近知られだした「特別な配慮を必要とする子ども」についての研修が、どうしても必要です。

A支援者は「親の支援」者に
学童や幼児にかかわる支援者は、子どものことを思うあまり、つい親の批判をしがちです。けれども親は、批判する支援者を避けたくなるもの。支援者が親に理解と共感を示し、親の支援者になることで、親が子育ての力をつけていくことになります。結局は子どものためにもなっていきます。

B大人が手を取り合って子育てを
   父母会が、形式的でなくざっくばらんに、子育てや生活について話せる場になると、大人同士の連帯感が生まれてきます。すると「みんなで子どもをはぐくむ」ようになり、孤独な子育てにありがちな子どものゆがみや問題行動が、ずいぶん解決できるようです。
  PTAなどの団体も、硬直した組織を一度解体して、ありのままを話し合える会になれば、ずいぶん子育て支援に貢献するのではないでしょうか。

ほかにも、学童期の子育て支援について必要なこと、やれることはたくさんあると思います。これからも100人会議のような機会をいただいて学習していきたいと思います。

2. 男女共同参画推進

子育てとジャンルが違うように思われる「男女共同参画」ですが、男女の不平
等が社会を息苦しいものにし、家庭を形骸化させ、子どもを蝕んでいるように感じます。
 男性は、働きすぎて過労死しても妻子を養わなければならないと思い込まされ、女性は家事育児以外の才能を持っていても、就職のスタ−トラインにさえ立たせてもらえません。そんな父母を見て育つ子どもが、自分の将来に夢を持てるでしょうか。
 また、不平等な男女関係はDV(ドメスティックバイオレンス)につながりかねません。お父さんが、お母さんをののしったり叩いたりする。それを見た子
  どもが楽しい気分でいるはずがありません。恐怖と不安と混乱を感じた子どもは、どうしても問題を抱えて育つことになります。また、暴力が子どもに向かうことも少なくないようです。
   そこで、DVに関するセミナー・学習会に参加してきました。

≪DVを学ぶ》
 参加したのは「男女平等参画推進 胆振地域セミナー」(H13.12.10登別市民会館)と、「学習会 女たちの現在と未来 〜自分らしさをとりもどすために DV、シェルターって何?〜」(H14.1.26 苫小牧市民会館)です。
 
〜ドメスティックバイオレンスって何?〜
 夫やパートナーからの暴力をドメスティックバイオレンス(DV)といいます。
 暴力はさまざまで、叩く、階段から突き落とす、包丁を突きつけるなど、生命を奪うこともある身体的な暴力が、時々報道されます。それとともに、無視する、交友や電話の監視、「バカだ」とののしるなどの精神的な暴力、望まない性行為の強要や、避妊に協力しない性的暴力、お金を渡さず、仕事もさせないなどの経済的支配もDVに含まれます。
 報道されるような身体的暴力はともかく、精神的暴力などはDVと認識していない人も多いのではないでしょうか。

〜シェルターって何?〜 
 DVの被害にあった女性や子どもが、安全に逃げ込める場所が、「駆け込みシェルター」です。
 DVの加害者は、被害者や子どもを連れ戻そうと、かくまった人を脅したり、安全をおびやか
したりします。ですから、安全確保のためシェルターの所在地は絶対に秘密です。

〜DVの加害者・被害者ってどんな人?〜
 DVの加害者のイメージというと、定職に就かずアルコールとギャンブルにおぼれるような男
性を想像しがちですが、実際には医者や弁護士など、社会的地位も収入も高い男性から、普通の
会社員や公務員にいたるまで、あらゆる職業、あらゆる年齢の男性がいます。
 被害者はそのパートナーですから、こちらも専業主婦から、職場では管理職についている女性
まで、ありとあらゆる人が被害を受けているわけです。
 DVは特別な人の問題ではないのです。

〜DV家庭に育った子ども〜
 暴力を見ながら育ったり、自分も暴力を受けながら育った子どもは暴力が介在しない人間関係
を学んでいません。人を信頼することが、なかなかできません。情緒が不安定だったり、他人に
攻撃的だったり逆に自分を傷つけたりします。
 一日でも早く安心して暮らせるような場所を提供し、心の傷を癒すのを、専門に勉強した大人
が助けてやれるようにしなければならないと思います。

〜男女共同参画社会とDV〜
 男女共同参画社会と、DVの問題とは、直接の関係はないように思いますが、男と女が同じよ
うに社会の仕組みをつくり、社会を構成していかなければ、健全な家庭、健全な子育ては望めな
いと感じます。
 DVの学習会に、娘さんがDVの被害を受けてシェルターに行ったという経験を持つ女性が参
加していました。娘の夫は、この女性の家に火をつけるとおどしたり、子ども(女性にとっては孫
)を渡さないとひどい目にあわせるぞとすごんだりしたのだそうです。
 子どもの身を案じた女性は、市役所に相談に行ったのですが、そこの職員に、「娘の夫はやくざ
か」「子どもは皆、夫の実の子か」などと質問され、とても悔しい思いをしたということでした。
 DVの相談を受ける立場の職員が、DVについての知識をもたずにその部署にいることが、社会の仕組みの不備を物語っています。これはたまたまひどい人に当たった例かもしれません。けれど、DVのように生きるか死ぬかの瀬戸際で必死の思いで相談した人にとって、こういう対応をとられることが、どんなに絶望的なことかを考えると、職員の配置を決定する立場に女性がいてくれたら、もっとちがってくるのではないか、と思わずにいられないのです。

≪DV問題の解決と子育て支援が進むためには》
 国や地方自治体は、少子化対策として、色々な子育て支援を行っています。少子化が進行すれ
ば将来の稼ぎ手が減って、社会が維持できなくなるから、というのが一番の理由のようです。
 白老でも、学童保育などの子育て支援が行われていますが、財政が厳しいせいか白老えんぜるプランで当初うたっていた学童保育6ヶ所設置は、まったく問題にもされなくなりました。この不景気の時に仕方ないのは理解できます。
 けれど、今苦しいからと将来への投資を削って、今より子育て支援が後退すると子どもを産む人が減り続けるのは、必然的です。そして子どもが減り、その子どもたちが稼ぎ手になる時には、財政はもっと苦しくなるのです。
 今、経費を削減すべきはどこなのか、政策や施策を決定する立場の人にもっと長期的な視野で考えて欲しい。
 更に言えば、政策・施策の決定に、もっと女性が携わって欲しい。なぜなら子育てに関してもDVについても、その渦中で悩んでいるのは圧倒的に女性が多いからです。
 そして、男性が家庭で生活できる、時間と心のゆとりのある社会になってほしい。子どもの、寝顔以外の顔も見られる毎日を、男性にも送ってほしい。男性が社会を作り、女性が家庭を作る、従来のやりかたは、すでに破綻しているのです

 DV問題も少子化も、このやりかたがもたらした歪みなのではないでしょうか。

 男女で政策を決定し、男女で家庭を築いていく。
男女共同参画社会を実現することが、さまざまな問題の解決につながるのだと思います。


   
シェルターは維持会員の会費とカンパによって運営されています。
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     ☆ 女のスペース・おん 駆け込みシェルター
維持協力金 1年間 1口 12,000円
            (1ヶ月1,000円の分割も可)
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      口座名:駆け込みシェルター運営委員会
      口座番号:02740−2−9931

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団体・企業 1口 5,000円
     振込先(郵便振替)
     口座名:ネット・マサカーネいぶり
     口座番号:02700−8−43333 
                        
    
                                        
 読み聞かせ活動に携わって
   〜つながる・深まる・広がる〜        武永 玲子

                            
 1.小学校における読み聞かせ活動
                                        
≪始めたころ》  
                  
 始まりは5年前にさか上ります。友人との何気ない会話から小学校の教室で絵本の読み聞かせが出来たら楽しいよね、という話題になりました。でも我が子の学校では行われていないし、その年に初めてPTAの一員となった私たちには何をどう進めたら軌道に乗せられるか想像がつきませんでした。
 しかし、日毎に前例はないけれど始めたいとの気持ちが強くなりました。そのうち同じ町内の二カ所の小学校で親による読み聞かせをしているという情報を得られ、身近な所にお手本が見つかり、がぜん現実味を帯びました。どれだけの人が賛同してくれるかは全く分からないけれど、とにかくやってみましょうと決まりました。                                    
担任の先生には快諾いただき、早速お便りを作成してクラスの父母の皆さんに協力を呼びかけました。子どもたちと一緒に絵本を楽しみたいという願いとともに、これから中学校を卒業するまでの9年間を共に過ごす同じ学年の親同士として仲良くなりたいとの思いも強くありました。子どもたちのためでもあり、私たち母親の和づくりのためでもありました。                                                
≪いよいよスタート》                       

私たちの呼びかけに2クラス合わせて、16名の方が協力して下さることになりました。皆、家庭で読み聞かせをしたことがあっても、集団では初めてでした。隔週毎、朝自習の時間帯(午前8時15分〜30分)に二人一組で行います。この時間は先生たちが職員会議中なので、教室には読み手のお母さんとクラスの子どもたちしかいません。果して、子どもたちは私たちを受け入れてくれるだろうか、上手に読めるだろうかと誰もが緊張していました。         
 その頃の記録ノートを開いてみましょう。
                    
 H9年2月26日「いたずらかいじゅうトアトア」草土文化(1年生)Sさん     
         始めて多人数の前で読んだので、とても緊張しました。鼻     
        カゼをひいていたので聞きにくくはないか、ページをめくる     
        スピードは早くないかなど不安なことがたくさんありました。    
        でも子どもたちの真剣な目を見ていると、どこかに吹っ飛ん     
        でしまいました。                        
 H9年3月5日「ゆうたくんちのいばりいぬ」あかね書房(1年生)Nさん     
         とうとうきました...。本当に始めてのことでドキドキ     
        しましたが、普段ドキドキすることなどないので、心地よい     
        感じもありました。こんな私の読み聞かせでも子どもたちが     
        よく聞いてくれたことは、とっても嬉しかったです。        
         また頑張りたいです。                     
                                        
 大勢の人の前で何か(読み聞かせ)をするのは、母となって始めての経験だったり久しぶりのことですから、改めて自分を取り戻し、新しいことにチャレンジする機会にもなりました。低学年の読み聞かせは、それはそれは楽しいものです。子どもたちは身体全部で聞いてくれて、何を読んでも反応があります。朝の気忙しい時間をやり繰りしながら学校に出向き、絵本の世界に子どもたちと浸ることが出来たのは、何ものとも代えがたい素晴らしいときでした。       
                                 
≪継続するために》                         

 平成9年の3学期から始めた読み聞かせは、中学年に進級しクラス替えにあっても順調に続けられました。スタート時から両クラス合同で集まりを持ち、選書や日程を決めていましたので、クラス替えでメンバーが変わっても全く支障はなく、多少の出入りはありましたがそのまま継続することが出来ました。 
 H11年11月4日「た い ふ う」福音館書店     (3年生)Oさん     
         たいふうのように大きな声で「おはよう」と言ってみた。     
        子どもたちがこっちを見た。「本が小さいし、私の声も小さ     
        いから前に来て下さ〜い」と大きな声で呼びかけた。好奇心     
        溢れるお友だちが前に座った。雨の音、山の揺れる音に笑い     
        声と「スゲ〜ェ!」、仲間言葉で感情のやりとりが聞こえる。    
         読み聞かせに感想を求める必要はいらない。絵本を開いて     
        いる間に出会う心がステキだと思う。絵本を閉じ、再び題名     
        を伝えた後教室は現実に返る。この時間がステキだと思うの     
        は読み聞かせをしているお母さんたちと同じ時を共有できる     
        から。その時なぜか子育てが孤独な仕事ではないんだナと感     
        じる。かえって...楽しんでいると言う方がふさわしい。     
                                        
 子育てに悩みはつきもので、子どもがどんなに成長しても無くなりはしないだろうと思います。誰もが何かしらの悩みを抱えながら、読み聞かせを通して同学年の親が集まり、語り合い、教室の中でたくさんの子どもたちと向き合う。始めに抱いていた目的以上のものが確実に私たちを支えてくれるようになりました。                                     

≪子どもたちの成長とともに》
                

 H11年6月2日「王さまと九人のきょうだい」福音館書店(4年生)Sさん     
         今回は長いお話を選びました。8時15分から始めて時間が     
        ギリギリまでかかりました。途中から遅れてくる子もいまし     
        たが、静かに気遣って戸を開けており、大人になりましたね。    
        4月末からクラス内で物がなくなる事件が多発し、心を傷め     
        ていました。担任の先生の心労を察し、暗い気持ちでいまし     
        ので、読み聞かせに来る前は気が重くて困ったなぁという思     
        いでいっぱいでした。でも、物がなくなっても元気に学校に     
        行く娘を見ていて、"こんなことじゃダメだ〜"と自分に言     
        い聞かせて来ました。                      
         みんな一所懸命に読み聞かせを聞いて、見てくれました。     
        九人生まれた子どもはいろいろな名前と特技を持っているの     
        ですが、びっくりするぐらい覚えていて「次は○△が出るね」    
        とぺージをめくる度にささやきが聞こえて、びっくりしまし     
        た。いろいろあるけど、子どもたちの笑顔に会えて、楽しい     
        読み聞かせが出来て良かったです。
                
 学年が上がるにつれ、ただ"楽しい"だけで続けられる読み聞かせではなくなってきました。集団の子どもたちはクラスごとにも、学年ごとにも全く違う個性を持っていますので、選書の難しさ、クラスのトラブルに直面した時、聞き手の子どもたちのシビアな眼差し等、私たちにも成長が求められました。
                                        
 H12年7月19日「ひろしまのピカ」小峰書店      (5年生)Nさん     
         読む前に"原爆"という言葉を聞いたことがある人?と尋     
        ねてみました。結構多くの子どもたちが手を上げたり、うな     
        ずいてくれました。そして簡単に説明して、この本は作者が     
        『二度と繰り返してはならない』という願いを込めて書いた     
        ものですと話してから読み始めました。              
         相変わらず途中から教室に入って来る子、小さな声でお喋     
        りをしている子がいましたが、後半はとても静かでした。ど     
        のくらい(人数)の子どもたちが聞いてくれているのかはわ     
        かりませんが、親が学校へ行くことが殆どない(参観日くら     
        い)ということに比べたらとてもいい事だと思うので、やっ     
        ぱり時々は学校に顔を出そう!と思う今日この頃です。       
                                        
≪その後……》                              

 読み聞かせを始めてスタートさせたこの学年の子どもたちは、今春中学校に入学します。1年生の3学期から始めて5年生まで定期的に続けてきましたが、6年生に進級して少しだけ休んだつもりが、とうとう開始されませんでした。     
 学期中に1回のスペシャル版は行いましたが、朝の読み聞かせは一度もしていません。最大の理由は、12才という思春期入口の子どもたちに絵本の読み手として対峙するだけの成熟度が私たちに足りなかったと、反省を含めて考えています。しかし、残念だとは思っていません。それも、親が我が子の教室で行う読み聞かせ活動の自然な成り行きの結果だと思えるからです。           
 5年間、共に読み聞かせを続けてきたメンバーたちには、心から感謝の気持ちでいっぱいです。日々成長していく子どもたち一人一人に、また集団での子どもたちに真っ直ぐ向き合い、楽しみながらも時には悩みもした活動でしたが、支え、支えられる関係を親同士が培うことが出来たのは、子育てをしている私たち自身の大きな励み、力となりました。                     
                                        
≪広がる活動》                              

 嬉しいことに私たちが始めた翌年から、次の学年でも読み聞かせが開始され、今では全校的に行われています。役と名のつくものが決まりづらい昨今、読み聞かせのメンバーは呼びかけますと、ある程度の人数が集まり、すぐに始めることが出来ます。                         今さらながら、読み聞かせの魅力とは一体、何なのでしょう。子どもたちと"絵本の世界を共有できる喜び"というのは絶対条件として置いておくとして、
    
 1.活動内容、目的が分かりやすい                       
 2.時間帯、回数が参加しやすい                        
 3.充実感が味わえる                             
 4.学校内での子どもたちの日頃の様子を見ることが出来る            
 5.親同士のつながりを持てる                 ..というところでしょうか。     
 もしもあなたが、今小学生を持つ親で、3・4・5を得るために何かを始めたいと考えているのなら、絵本を嫌いではない限り読み聞かせ活動はイチ押しです。1・2をクリアに示せば、きっと一緒に活動してくれる仲間が見つかるはずです。また、現在白老町内の殆どの小学校で読み聞かせが行われていますので、ひと声かけて下さると誰もが嬉々としてノウハウを伝授してくれることでしょう。                                   
                                        
≪学校の協力とともに》                      

 読み聞かせの活動を順調に続けられたのは親の熱意ゆえですが、同じぐらいに学校の理解と協力も大きなものでした。当初から心良く迎えられ、後押しをして頂いたのはもちろんですが、昨年から毎週△曜日は読み聞かせDAYとして、朝の貴重な時間に担任の先生方も各々の教室で私たちの読み聞かせを子どもたちと一緒に聞いてくれます。読み手の緊張は倍増しますが、自分たちの活動が認めらている喜びを感じます。それに気を良くして!?、何と先生にも読んで頂きますが、これだけでも先生と親、子の信頼関係はグ〜ンとUP!

2.図書ボランティア活動                
                                        
≪利用されていなかった図書室》              

 緑丘小学校の図書室に係わるようになって、2年が過ぎようとしています。     
 以前、読み聞かせの打合せをしていた時のこと、学校の図書室が話題に上がりました。まず図書室が学校内のどこにあるのか、わからない人がいました(2階の空き教室のずっと奥にあるため存在感が薄かった)。
 本の冊数はある程度あるが古い本が目立ち、子どもたちが利用している様子を見たことがない、入りにくい雰囲気がある等、お寒い現状が出されました。話を進めていくうちに折角子どもたちが本に親しむ活動をしているのだから、一番身近な学校の図書室を活性化し、心安らぐ温もりのある空間にしようと進展しました。         
                                        
≪PTAの委員会活動の中で》                

 その翌年からPTA文化委員会の活動の一環として、学校の図書室に係わるようになりました。始めに取り組んだことは棚から破損本を除き、傷んだ本は修理すること。分類がわかり易いように背表紙に一桁ラベルを貼り替え、配置も利用し易いように移動する。新刊本には全てBコートをかける等です。 全蔵書のラベルの貼り替えは予想以上に手間が掛かり、ようやく終えたのは2学期も後半を過ぎた頃でした。これらの作業は地味ですが根気のいる、図書室の基礎となる大切な仕事の一つでしたので、毎週のように集まり、着実に作業をこなした委員の方々は大変お疲れさまでした。           
 2年目、頻繁に集まる図書ボランティア活動にどれだけの方が協力してくれるかが心配でした。でも前年から引き続いて文化委員になり、継続した活動を応援してくれる方が幾人もいて、より活発な活動が出来ました。週2回の中休みの貸出のお手伝い、これにより低学年への貸出しも可能になりました(以前は3年生以上)。
 また図書室の美化、靴を脱げるリラックススペースの設置、図書室に足を運んでもらうために催した月1回の遊びコーナーの実施と精力的に多彩に取り組みました。

≪活気づいてきました》                      

 2年間の活動を振り返って、それ以前と比べますと見違えるように変わりました。第一に休み時間に子どもたちが図書室を訪れるようになりました(前述の通り、位置的には恵まれない場所にあるので"図書室に行こう"という心の変化が大きい)。
 第二に室内が創意工夫の元、明るく温もりのある雰囲気で満ち満ちている。そして、週2回ですが、図書室で子どもたちと接するのが楽しいと通う図書ボランティアの大人が存在することです。               

≪活動して思うこと》                        
 この図書ボランティアの仲間たちに活動の感想を聞いてみました。

 ・活動によって図書室が変わっていくことが嬉しい                
 ・自分たちにも出来ることがあると実感できた                  
 ・皆で取り組む活動自体が楽しい                        
 ・子どもたちの日頃の様子を見ることが出来る                  
・ 活動をするようになって、学校や職員室に入る時に抵抗感がなくなった  
   
という応えがかえってきました。学校は子どもたちが教育を受ける神聖な場所と考え、親がむやみに出入りすることに私たちの方が構えてしまい、遠慮がちでした。しかし思い切って中に入ると、この活動は決して学校内の秩序を乱す訳ではなく、却って校内の安全対策の役割を担っていたり、子どもたちの情緒の安定にもつながることから、学校と親の新しい信頼関係の形成を促す活動となることを改めて認識しました。                         
                                        
≪これからの課題として》                    

 まだ始まったばかり、課題はたくさんあります。
                 
 1.図書ボランティアとして息の長い活動を続けるためにPTAの委員会活     
   動としての位置付けが確立されること。また協力者が増えてくれること     
  (昼間の活動なので文化委員会の中では、半分ぐらいしか参加出来ない)。    
 2.図書室担当の先生と図書委員の子どもたち、図書ボランティア三者のよ     
   り一層の連携を計り、互いに協力し合う。                  
 3.図書室での活動内容を明確にし、向上心を養う取り組みをする。 
       
 これらの課題をこなすために地道な歩みはもちろんのこと、町内で先駆けて図書ボランティア組織を立ち上げた萩野小学校や近隣市内の活発な活動をお手本に、あれもしたい、これもしたいと夢は膨らみます。
 我が子が通う小学校の図書室だからだけではなく、これから学ぶ場となる地域の小さな子どもたちのためにも居心地の良い図書室を作り、つなげていきたいです。            

                                        
   〜「読み聞かせ」ということばは?〜      
    「読み聞かせ」は戦後の読書運動の中で生まれ育ったことばです。テレビが     
   家庭に普及しはじめ、子どもが本や活字を読まなくなることを案じた大人たち     
   が「子どもに本を」という運動を各地で繰り広げました。また、子どもに本を     
   読んであげようと思う大人も増えていきました。                  
   「読み聞かせ」ということば自体は、子どもの本の研究と普及を目ざして、     
   1967年に創立された「日本子どもの本研究会」が名づけたところから発するも     
   のです。個人でしていた営みがこのことばとともに読書運動のなかで日本中に     
   広がり、認められてきました。〜「読み聞かせわくわくハンドブック」一声社より
                                       
       
  3.白老読み聞かせ・文庫活動連絡会                                      

≪どんなことをしているの》                  

 読み聞かせ・文庫活動連絡会は、白老町内で読み聞かせや文庫活動を行っている方々に参加いただいて、平成12年4月に発足しました。目的は、各団体の活動状況を情報交換して連携を深めること。また、自主研修会を重ねてお互いの活動の充実を図り、子どもたちの図書活動を推進することにあります。
 13年度は小学校、又は地域で読み聞かせや文庫活動をしている10団体、24名が会員となり、2ヶ月に1回のペースで研修会を開きました。
 内容は各団体持ち回りで絵本の読み聞かせや自作の大型紙芝居、パネルシアターにストーリーテリング、ブックトーク等の多彩なプログラムで発表会を行います。 聞き手は私たち大人の会員。日頃は読み手として活躍されている皆さんも、この時は絵本やお話の世界に存分に浸ることが出来ます。夢見心地になりながら、自己研鑽する。
 読んでもらって初めて、読んでもらう楽しさを知ったと話して下さった方もいました。発表する側は相手が大人なので普段とはかなり勝手が違いますが、楽しんでほしい気持ちは一緒、いい刺激になります。          
                                        
≪読み聞かせの情報交換の場》                

 毎回、各自が行っている読み聞かせ活動の情報交換もしています。それぞれに悩みがあり、その場で解決することは難しいのですが、選書の難しさや人材の確保といった共通の問題は互いの知恵を出し合うことで方向も見えてきます。    
 また、町内の読み聞かせをする他の仲間と知り合うだけでも、大きな励みになります。それぞれの活動がこれからも元気に続けられるように後押し出来る会でありたいと考えています。 
 
                         
4.ブックスタートが今春、スタート      
                                        
≪ブックスタートってなに?》                

 平成14年の4月より町立図書館の事業としてブックスタートが開始されます。
 ブックスタートは1992年に英国で始まった運動で赤ちゃんと保護者が「本を通して楽しい時間を分かち合うこと」を応援することが目的です。
 具体的には、その年に生まれた赤ちゃん全員に乳児検診時にブックスタートパック(赤ちゃんのための絵本、絵本の紹介リスト集、子育て情報誌等)をプレゼントし、それを手渡す際に図書館員が赤ちゃんと絵本の時間を持つことの楽しさや大切さを話します。
 さらに図書館の利用案内やおはなし会の催しを紹介することで子育ての中に絵本を取り入れ、子どもが成長に応じて多くの本と出会えるように応援していることを伝えることが出来ます。保護者が地域で楽しく子育てが出来るような環境を作っていく運動という側面も持っています。        
                                        
≪推進体制は・・・》                        

 ブックスタート推進のキーワードは「連携」と言われてます。"絵本"だから図書館だけが関わる事業ではなく、また"乳児検診"の時だから保健婦さんだけが関わることでもない。
 民間のボランティアを含めた3者の連携を図り、地域の人々が「地域に生まれた赤ちゃんに健やかに育って欲しい。大人も楽しい子育ての時間を過ごしたい。」という願いを共有しながら、運動を推進していくものです。 
                                        
≪そこで、わたしたちの出番か》              

 ボランティアの役割として、乳児検診会場での読み聞かせがあります。ブックスタートパックを渡すのは図書館員さんですが、順番待ちのお母さんと赤ちゃんに話しかけ、絵本を読んで赤ちゃんの反応や楽しさを実感してもらいます。    
 またパックを渡して終わりではなく、その後のフォローアップ体制も重要です。
 町立図書館では1月から乳幼児対象(0〜3才くらいまで)のおはなし会を開始し、1回目には40名を越える親子が集まり、大変喜ばれました。このようなおはなし会への協力もボランティアに求められることです。 
           
≪ブックスタートによせる期待》              

 これまで小学校や地域で行われていた読み聞かせ活動が0才時の赤ちゃんが加わることで、太い線でつながることになります。
 赤ちゃんだけではなく、保護者である若い親たちともつながることが出来ます。どのような活動も長く続けることに難しさがありますので、ブックスタートで育つ親子が未来に待っている姿を想像するだけで明るくなるではありませんか。
 これから始まるブックスタート事業を皆さんで見守り、協力していきましょう!              
                                        
おわりに  
                              
 最後まで読んで下さってありがとうございます。計画性の乏しい私にとってこれまでの活動をまとめるのは大変苦手なことでした。
 しかし、ひとつのことを5年も続けたのだから振り返り、今いる足元を見直すことも必要だと思い、拙い文章でしたが書かせていただきました。
 これを書きながら読み聞かせを始めた頃の夢と不安を思い出し、記録ノートからは当時の子どもたちの教室での様子が鮮明に浮かんできました。あの頃はこのように懐かしい思い出となることを想像もせずに夢中できましたが、今たくさんのものが記憶と記録の中に残り、一緒に読み聞かせをしてきた仲間たちに心から感謝します。
 私がしてきた活動は全てわたしたちが行ってきた活動で、ひとりでは何も出来ませんでした。    これからも小さな歩みですが、いろいろな人たちと楽しんで刻んで行きますので、よろしくお願いします。                           

 おわりに
  〜これって、おとなの総合学習?〜
     中谷 通恵


* 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。文章など未熟な面があり、お疲れになったことと思います。ごくろうさまでした。
この冊子では、それぞれの課題について、具体的な提言などは、あまりできていません。ただ、語り合いながら学んだり、まとめたりすることで、私たち自身が大きな収穫を得ました。

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* 高橋郁子さんはご自身が、健常・障害両方の子育てにかかわった経験から
「障害児の子育て支援の現状と課題」についてまとめてくれました。

・ 乳幼児から学童期までの継続した支援の大切さ
・ 支援者のゆとりや研修の機会、カウンセリング的かかわりの必要性
・ 関係機関が連携すること
・ 子育て支援は、現代社会の大きな課題に挑戦していくことではないか

  これらのポイントは、すべての子どもたちの子育て環境にあてはまります。
  乳幼児に限らず、「子育て支援は継続と連携」であってほしいという、高橋さんの一貫した主張が、胸を打ちます。

* 池本啓子さんは、児童クラブの指導員というお立場から、放課後の子育て支援について書い
  てくださいました。
  「放課後の子どもの育ち合う環境について、それぞれの立場から考えたいですね」という姿勢で「児童クラブで、
子ども同士・大人同士がともに育ち合いたい。児童クラブが子どもにとって遊びの教育力を得る場所にしていけたら…」という夢を語る池本さん。
「まずは、児童クラブのことを知ってほしい。課題を含めて、こうしたいね、こんなことも  できるね、という語り合いのきっかけになれば…。」と話されます。

* 松原雅子さんは、児童クラブの指導員補助という経験から、特別な配慮が必要な子どもさんが増えていることを実感。支援への提言をのべられています。
これは、児童クラブだけではなく学校現場の課題と一致するでしょう。
 悩みや課題を抱えている人(家庭)に対して、批判や指導という従来のかかわりではなくて、親の力を引き出すような支援の必要性を訴えています。
また、ドメスティクバイオレンスの問題解決や、政策決定の場への女性参画なども、実は子育て支援に結びつくことを教えてくれました。

* 武永玲子さんは、これから求められる「大人の社会力」の発揮の仕方を示してくれました。
(そんなことちっとも思っては、いないでしょうけれど…)
初めは「自分の子のクラスで読み聞かせができたらなあ」という小さな思い。
それが、他の地域の前例をまねして「まず一歩」を踏み出す。
それに共感して参加してくれる人がいて「つながり」ができる。
さらに、活動の内容が「深まり」他の学校にもとびひ。
「読み聞かせ」という活動が、町内の学校をつなげ、さらに行政のお仕事とも連携してきました。 これって、まさにまちづくり!
1人1人がほんの少し力を出し合うことで、新しいつながりができ社会のしくみがちょっぴり変わる……。.感動です。

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* 少々、こじつけっぽくて申し訳ありませんが。

  今年4月から、小中学校で「総合的な学習の時間」がはじまります。
  そのめあてをみると、
  「自分で課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、より  
  よく問題解決する能力を身につけること」だそうです。
  とするならば、この冊子は、まさに「おとなの総合学習」。

* これといった結果はすぐにはえられなくても、社会的な課題について学んでみようという大人、語り合いたい大人が増えることが、
子どもたちの「総合的な学習の時間」をささえるのかもしれません。

* みなさんも、この冊子を読んでの感想などをお寄せくださいね。

(ホ−ムページ『ココキチねっと』http://i-cis.com/cocokiti/にて、いただいた感想なども掲載していきます。)

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