センキチフリートーク
教師という職業を経験して、感じたこと・誰かに伝えたいことを
自由に書いていただくページです。
[センキチ]のページを読んで     ハンドルネーム 風

・・・・・・・・・前略・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中谷)

そうそう!ココキチねっとの3200HITのキリ番は私がもらいました(^^)
その後、インターネットをさまよっていたら、小学校の保健医さんの
ホームページにたどり着きました。
そのページには小さい子供(小学生)のことがいくつか載っていたのですが
その文章を読んでいて「かわいいな〜」と思う話があり、読んでいるうちに
「俺って荒んでるな〜」と泣けてきました(T_T)子供って純粋ですね〜

HPを読んでいるうちに「中谷先生も大変だったろうな〜」と思いました。
先生、担任教師ってかなり大変だったでしょ?
O小学校は小さい学校で、クラスの人数も少なかったけど個性のある
生徒が多かったと思うし、小さいからこその問題も色々あったんじゃないですか?

ながながと書きましたが、近況報告と先生が元気かな〜と思って。
それではまたメールします。
それでは。

      『私ってダメダメへなちょこ教師でした』  
      ハンドルネーム へな ちょこりん♪
さん

 私が初めて教壇に立ったのは短大を卒業したばかりの二十歳の頃。小学校2年生、35名の担任でした。採用試験に落ち、臨時採用で1学期間だけの産休代替。

 その頃の私はホントにダメダメへなちょこ教師でした。授業も、子どもへの対応も何をどうしたらよいかわからない。職員室で聞いても、周囲の先生方は面倒くさそうに「ああ、それ?!」「あーやって、こうやればいいんじゃないの?」と実に素気ない。
 今思えば、周囲だけのせいではなく、その頃の私にそれだけのものも備わっていなかったのだろう。
 劣等感が自分をおそう。それまでのはちきれんばかりの教師への憧れがしぼんでいく。毎朝起きると、吐く。吐いてからようやく学校へ向かう。今日も一日が始まるかと思うと憂鬱になる。当然、授業もうまくいかず、子どもたちのつまらなそうな表情が胸につきささる。一度、教室を離れ、トイレで泣き、顔を洗って教室へ戻ったこともある。
それでも、職員室に居るよりは教室で子どもたちといる方が気が楽で、休み時間も放課後もほとんどクラスにいた。

 辛かった。自分は教師にむいていないと思った。多分、周囲の先生方もそう思っただろうと思う。学級の親たちも「あの娘は本当に教員免許を持っているのか。」と疑問を持っていただろう。正直、一学期の終業式の日、私は心からホッとした。そしてもっとホッとしたのは親たちだろう。私はほんとにダメダメへなちょこ教師だったから。

 でもその一年後、私は自分を「ダメダメ」とは思わなくなっていた。教師としての力量、指導力はまだまだでも、「いい教師になりたい。」「子どもの気持ちがわかりたい。」という気持ちは強かったから。

 そう思えるようになったのは、その後新しく赴任した学校で出会った先生方のお陰。
「この職場の先生方から学びたい。」

 本気になって授業や子どもたちのことを語り合えることが楽しかった。失敗もたくさんしたけれど、ここでは失敗をフォローし、学ばせてもらえる安心感のある職場だった。
「育てよう」としてくださる先生方の気持ちが、心底嬉しくありがたかった。だからこそ、強く、「いい教師になりたい」と思えた。

 二十歳の頃の自分を思い出し、人はこんなにも環境によって変わるものかと思った。
 
 今、幼稚園へ通う息子の先生が辞められると聞いた。短大を卒業したばかりの二十歳の新卒の先生。残念でたまらない。彼女もきっとあの頃の私のように、辛い一年だっただろうと思う。でも、私の二十歳の頃よりずーっといい。
いつかどこかで、見違えるような、すてきな教師となってくださることを願わずには、いられない。

 若い教師を育てるのも教師の仕事。
教師である私の夫は、職場の若い先生方からいろいろ質問され、「いやー、勉強になるわ。」「背筋が伸びる。」と言って笑っている。

一人の教師を育てることのできる教師集団こそ、子どもたちを伸ばせる学校なのではないだろうか。

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