中谷さんの子育て通信
****以前、新聞などで書かせていただいたものや、最近の相談から****
苫小牧民報のコラム『ゆのみ』から
(1993年6月から1994年5月まで*32歳から33歳の若妻の頃)・・・ウフ
ゆのみ  93.11.10

「忘れられない一日」

 大切な人を傷つけてしまった。軽佻浮薄な人間なので、小さな失敗は数知れず。
私にとって、「この前、ごめんなさい」という言葉は挨拶代わりのようなものである。
けれども今回は、それでは済まされない。自分中心に地球が回っているように思い、いい気になっていた矢先の出来事だった。

 さすがに立ち直りの早い私も、何日も考え込んでしまった。
日中、家事をしていても子供との会話が少なくなり、あれこれ思いを巡らしていた。
子供たちは気配を察してか、いつもより近づいてこない。家事の合間にふと気がつくと、娘がぶつぶつ言いながら、奥の部屋で何かしている。何をしているのかと覗いてみると、
「かあちゃんのためなら、えんやーこら」と口遊みながら、自分の玩具や机の上を整理している。
いつもは「片付けなさい」と言っても「まだ遊ぶもーん」と返してくるのに。
きっと、彼女なりに母の元気がないのを察して気を使ってくれたのだろう。片づけが終わると、にこにこしながら「お母さん、見てー」と一言。
「ありがとう。元気だすね」そんな思いで胸が一杯になった。

 その日の夕方、大好きな星野富弘さんをテレビで拝見した。不慮の事故で手足の自由を奪われ、絵筆を口にくわえて描かれた「花の詩画集」は多くの人に感動を与えてくれる。
 星野さんは、満面にやさしい笑顔を浮かべながら
「自分が事故に会い、それまで見えなかったものがたくさん見えてきたんです。自分がいかにたくさんの人に迷惑をかけながら、たくさんの人にお世話になっているのか…。それを知っただけでもよかったなあって思います。」

 そんな一言一言が、その日の私には、天の声のように聞こえた。
涙が止まらなかった。
忘れられない一日となった。
 
 10年後の若(?)妻より
*「大切な人を傷つけてしまった」というのは、不用意に発言したことが新聞紙上に載ってしまって、取り返しがつかなくなったことでした。今思い出しても胸が痛いです。子どもというのは、親が落ち込んでいたり、怒りまくっていたりすると、どうにかしなくちゃとがんばってくれる・・・。いつもじゃあ悪いけれど、時々は私たちの方が助けてもらっていいんじゃあないかな。・・・・というより、今までを振り返ると、子どもに助けられたことの方が記憶に残ってますね。


ゆのみ 94.4.6

「鬼婆の変身」

 数ヵ月ぶりで二人の子供が続けて風邪をひいた。半月ばかり家に籠りっきりで、ストレスは溜まるばかり。入園の準備や睡眠不足で日に日に鬼婆化してゆく私。

 そんな私を(というより子供たちを)助けてくれるのが、絵本を楽しむ時間である。
家事の合間や寝る前のほんの僅かな時間だけれど、絵本のおかげで鬼婆からやさしい母へ変身できる。

 絵本との出会いは、娘が一才を過ぎた頃。「読み聞かせで、親子の心の宝物を増やしませんか?」そんな言葉にひかれ、「もしかしたら将来読書好きに?」そんな親の欲目もあったような気がする。
 娘の楽しみ方は、私の予想を遥かに超えていた。すっかり、絵本の世界に入り込み、登場人物と一緒に遊ぶ。『ぐりとぐら』という絵本で森中の動物達がカステラの臭いに誘われて集まってくるページがある。娘は、好きな猫がいないことに気づくと、「ニャンコネ、あっち。ジーと来るの。」と言いながら、隣の部屋まで行き、猫の真似をしながら絵本めがけて走って来た。。弟ができた頃は『14ひきのひっこし』のトッくんに、弟の名前をつけ、よく話しかけていた。

 そんなこんなで、本棚の絵本一冊ずつに、子供との楽しい思い出がたくさん詰まっている。
「絵本が好きじゃない子もいる」という話も耳にするが、そうだろうか。
娘と全く違う性格の弟だが(野武士タイプ)絵本だけは楽しそうに見ている。絵本に魅力があるからなのか、その時だけ優しい語りかけの母に魅力を感じるからなのか…。

 子供の本質や子育てのあり方を、絵と文章で示唆してくれる「絵本」から、私自身も学ぶことも多い。鬼婆から変身したいあなた、まずは一冊、子供さんと楽しんでみませんか?

10年後の若(?)妻より
いやあ、思いっきり親ばかしていて恥ずかしい。トホホホホ。
2人とも、さほど本好きには育ちませんでした。ま、私も本好きになったのはここ10年くらい。人間、いつどんなふうになるのか、わかりませんもんね。
つい2,3日前に、絵本の片づけをしていたら、「あー、これなつかしい♪」と『ぐりとぐら』の絵本を見つけて、「ぼくらのなまえはぐりとぐらー♪」なんて、歌ってましたよ。小学校の卒業式の前の晩に・・・。

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