ママキチリレートーク
〜いろんなところに住んでいる・いろんなママさんたちのフリーなトークです。
 1週間に1人ずつ紹介していけたらいいなあ〜
ママキチリレートークを読んだ方からいただいたメールです(クリックしてね)
  ペンネーム おばけのハオハオ

いつもHPは拝見させてもらっていました。
メールをしたいと思いつつ、なかなか時間を作れずにいました。

実は今、妊娠8ヶ月です。今度はとても順調に元気いっぱい育ってくれています。
胎動を感じるたび、「よし、今日も生きてるぞ」とそれだけで
幸せいっぱいの気持ちになります。
今年のお正月頃、妊娠がわかり、その後嵐のような半年間でした。
6月いっぱいでサークルは産休することにしたので、
すこぉし時間が出来た所です。
(産休中は会員のみなさんに活動をお任せすることになっています。)

4月から、ちょっとしたボランティア活動(ちょボラ活動)を開始しました。
少しづつ準備を進めてきた、妊婦さんや乳児のママさんとの交流会です。
4/30に第1回開催。6/30に第2回目を開催し、その後一時、産休のためオヤスミしま
す。
手応えは、、、、まだ参加者は少なめですが、
参加された方は楽しかったって言ってくださって、
その後参加者同士で交流があったり、
紹介した子育て支援センターに電話をかけたりしているようなので、
少しは役にたてかかなぁ、とちょっとだけ思っているところです。
まだまだお試し期間中のような感じですが、小さな一歩からでも
少しでも「孤育て」を減らして、みんなで楽しく子育てして行きたいなぁと
思っています。
ただ、保健婦さんから、参加者募集のちらしに「協力 oo町保健福祉課」と
入れてもらっては、町の関与を受けるから困る、とか、
「協働」という言葉は使わないで欲しいと言った事を言われてしまいました。
普段協力してくださる保健婦さんはとっても協力的なのですが、
書類が「上の人」に行くと色々とあるようで。。。
保健婦さん自身、
「いくつかの子育てサークルなどがあって、全体の活動も把握していない。
 その中の1サークルと協働することの意味をつかめずに、
 上司にも上手く伝えられない。少しずつ勉強して行きたい。」
と仰っていました。私も勉強しなくちゃいけないなと思っています。
おすすめの本など、ありますか?どうぞ、ご指導くださいね。

先日、中谷さんのHPで見ましたという、標津の方からメールを頂きました。
その方も標津でサークルを立ち上げるべく、奮闘していらっしゃるようです。
「私のやりたい事と、そちらのクラブの活動が似ている」と言って下さって、
志を同じくする方がどこかにいるって何て嬉しいんだろう、
と改めて感じ、私自身とても勇気付けられました。

この頃、子育て支援センターや保健センターの方が、
「素晴らしいサークルですよ♪」ってクラブを紹介してくださり、
悩みを持ったママさんや、転勤されてきたママさんが遊びに来てくれる事も
増えてきました。そして、そんなママさんや子ども達のニコニコ笑顔から、
いっぱいの元気をもらっています。

約1年間、活動して行く中で、良い事悪い事色々ありましたが、
突っ走ってきた分、ゆっくり産休をとり、客観的に活動を見なおして
より良いものにして行きたいと思っています。

赤ちゃんが生まれたら、上の子達となかなか遊んであげられなくなるから、
今のうち、と、子ども達と思いっきり遊んでは夜一緒に寝てしまう毎日です。
2人とも産まれてくるのを楽しみに楽しみにしていてくれるけど、
産まれたら、やっぱりヤキモチやくんだろうなぁ。
どんなことになるか、想像もつきませんが、イライラした時は
ココキチをみて気持ちをリセットしつつ、頑張ろうと思っています。


  りんごママさん

今年、羅臼で講演会に参加させていただいた2児の母です。その節はお世話に
なりました。
 
今、今年から保育園に通っている3歳の女の子と1歳になったばかりの女の子がいます。
悩みというのは・・・・長女が次女を毎日、突き倒し泣かせてばかりで、
しまいには昨日、打ち所が悪く血が出る怪我をしてしまいました。
 
 昨日は、長女も反省をしているようでしたが、やっぱり今日も同じ事の繰り返しで・・・・。
子供だから仕方がないとは思っていますが、同居している姑も「そろそろ叩いて教えないとダメではないか?」と。3歳の子にはどうやって教えたら良いでしょうか?
 
 また、今月から長女は保育園に通っていますが、ストレスが溜まっているのか、
キーキーと声を張り上げて怒ったり、すっかり甘えん坊になり、毎日「抱っこ抱っこ」とせがみます。
保育園では口数が少なく、仲良しの子がいないと静かでシュンとしています。
 
何か良いアドバイスがありましたら教えていただけますか?
よろしくお願いしすます。
 
てくてく母さん(12)

私の投稿に感想を寄せてくれた方の文を読みました。
直接お礼が言いたいですが、できないので、私が嬉しかった、元気が出た、安心した、ということをお伝え下さい。
私と同じ経験をして、同じことを感じた人がいたと知っただけで安心して元気がでました。
みんな同じだろう・・とは思うのですが、実際に周りにそういう人が見あたらないと、やっぱり自分一人だけが悩んでる。自分はダメ母だ・・と思ってしまうんです。
どんどん落ち込んで、良い方向には考えられなくなるんです。

今回 感想を読んで元気になりました。気持ちが上向きになると、余裕が出て、みんなだってきっと色々困ったり悩んだりしてる。自分だけが特別じゃない!と思えるんです。

我が家の下の子もかなり痒みが強く、それで機嫌も悪く泣き続けるんだ・・と思うんです。それは解っていたんです。でも、病院へ行っても「お母さんが様子見ながら対応しなさい」程度のことで、アレルギーに関して頼れる人がいなくて。全部自分でやるしかない!と思ったら、なんだかしんどくなってしまって。
でも少し元気が出たから、薬局へ行きクリームを買ってみたり。同じアレルギーを持っていた子のお母さんと話したり。昨日からちょっと前向き母です。
私が傷つけたと思われるのがイヤで、下の子を人前には出さないようにしていましたが、昨日は久しぶりに保育園の中へも連れて入りました

 自信のない母さん

突然、申し訳ございません。。。。
今、悩んでいる事があり、勝手ながら、メールさせて頂きます。

何か言いアドバイスして頂けたら、うれしいです。
よろしくお願いいたします。

今、2年生の娘の事です。
何でも、こなし、積極的で、明るいタイプの子(私から見て・・・)なのですが、
最近、生意気で、困っていると言うか、心配になってきたと言うか・・・

参観日の日の事です。
一番前に座っていた娘は、先生に対し、「それ、違う違う ーー(`_')」とか、
「そんなの簡単ーー、」みたいな態度で、先生・勉強に対し、
なめていると言うか、馬鹿にしているような態度で、、、、、、、、
教えてくれているって、姿勢が全く、見られないように思いました。
先生を尊敬している態度が無く、友達感覚です。
もー、そんな態度して、なにさまのつもりだぁー!と、頭にきてしまいました。

***************
     (私も、きっと、そんなところがあるのしょうね。
       子供は、親の後ろ姿を見て育つというので・・・・。)正直言ってショックでした

子供には、「きちんと、先生の話を聞いて、生意気な態度しない!
                あなたは、勉強わかるかもしれないけど、
                わからない子は、どうするの?」と、きつく、怒ってしまいました。

でも・・・・・・・・後で、私も私なのに、、、、、、、、と落ち込んでしまいました。

こんな時、子供に何と言ってあげれば、よかったのでしょうか。
これから、どんな所を気を付けながら、子育てしていったらいいのでしょうか。
私としては、みんなを思いやれる子に育って欲しいのですが・・・・

突然、すみませんでした。
すっかり、自信喪失の母です。。。。。。。。。。。。。

私がもっと、尊敬する心などなどを、
きちんと教えていたら、娘も しかられなくてすんだのに・・・・
甘やかし過ぎたのでしょうかねーーーーー。


てくてく母さん(11)

情けない母親です

自分で「私は子育てが下手だな・・」と思うことがあります。
子育てに下手も上手もないとは思うんですが、それでもやっぱり、「下手だ」「向いていない」と思うことがあります。
泣きやまない子にお手上げ状態で、「もういい!そんなに泣きたいなら泣けばいい!」と、聞こえないふり、見ないふりしてしまった。
時間をおいて、自分の頭も冷えて、子供の様子を見てビックリ!
おでこが傷だらけ。少し血だらけ。
泣いてもかまってもらえないストレスで自傷行為?
ほったらかしにしたことを とても後悔した。
掃除よりも、食事の支度よりも、、子供の泣き声に耳を傾けることが大事だったのに。
泣き続けてようやくやって来た母に、この子は笑うんです。
そんな我が子の前で私は、優しい神様(?)の前に連れ出された罪人のような気分になりました。

二人目の子育てだというのに、一人目の時と同じことをしている自分に情けないです。

てくてく母さん(10)

子供が健康じゃないって大変なことだ〜と、しみじみ実感です。
下の子がもうじき4ヶ月になるのですが、生まれてから現在まで何かと病院のお世話になっています。
生後すぐから顔の湿疹がひどく、顔〜耳〜耳の中から浸出液がにじみ出てきます。
拭いても拭いても止まりません。
乳児湿疹だろうと言われ、出るモノが出たら治まる・・と病院でも言われ、周りからも言われ、そう信じていました。
でも、しょっちゅう皮膚の手入れをしながら精神的にちょっと参ってしまい、その時に初めて、アトピーの子を持つ親が死にたくなるという気持ちが理解できました。
私が死にたくなったと言うわけではないのですが、やってもやっても良くならない状況を見ていると、子供も可愛そうだし自分も辛いし、かなりしんどかったです。
これがもっとひどかったら、死にたくなるだろうな〜と思いました。
3ヶ月に入ってすぐに検査したところ、卵アレルギーであることが判明。
すぐに母乳を与えている私の卵・鶏肉とその二次製品の禁止が指示されました。
まずは原因が解って一安心。
インターネットで卵アレルギーのことを調べ必要な情報を得たり、アレルギーの子を持つ親のホームページをのぞいて、勇気付けられたり。
アレルギーの原因を取り除いたら皮膚の状態も驚くほど改善しました。
これから離乳食が始まりますが、子供と二人三脚で除去食頑張らなくちゃ!と思っています。

てくてく母さん(9)

ご無沙汰していました

  11月5日に女の子を出産しました。
  体重3140グラムの元気な子供です。
  出産後1ヶ月を過ぎましたが、落ち着くこともなく、ただ毎日がアッという間に過ぎています。
この分だと、気がついた時にはもう、お婆さんになっているかもしれません?!
  今は左腕に子供を抱いて、右手でキイボードを打っています。
  産後1週間の入院中から、大きな声でよく泣く赤ん坊とみんなから見られていました。
  家に来てからもそれは変わらず、抱いて欲しくてよく泣いています。
  私が赤ちゃんに掛かり切りで、不満なのは上の子です。
  少し前まで反抗的態度が目に付きました。それも私に対してだけ。
  上の子の気持ちも充分理解できますが、目の前には大声で泣く赤ん坊という現実
  が・・・。どうしても、まず泣いているのをどうにかしたいと思ってしまいます。
  すると上の子は「だれも あそんでくれない」と言って、ふてくされ。
  そんな姿を見ると可愛そうで、遊んであげたいと思うのですが、体は一つしかなくて・・・。
  
  1ヶ月ちょっといてくれた実家の母が帰ってからは、上の子も落ち着いたように見えます。
それは、ばあちゃんが帰り、お母さんを助けるのは自分だという気持ちになっているからだろうと思います。
  上の子なりに頑張っていると思うので、尚更、上の子を大事にしてやりたいと思う 今日この頃です。
   
  一日も早く首がすわり、おんぶできるようになると楽になるのですが。

てくてく母さん(8)

 ついに10ヶ月

 とうとう出産予定日まで 2週間を切りました。
 大きすぎるお腹が辛くて、今すぐにでも産んでしまいたいくらいです。
 お風呂のたびに鏡に映る、とんでもない不格好な姿には、何とも言えない気分になります。
 早く産んで、しっかり体操して、少しでも元の姿に戻したい!
 それが今の一番の希望です。
 あと、一日でも早く、あの小さくて軽い赤ちゃんを抱いて、おっぱいを飲ませたい。
 上の子の時は余るほど母乳が出たので、今回も多分大丈夫だろうと思います。
 母乳を飲ませている時って、何とも言われぬ幸福感でした。
 赤ちゃんの世話の中で、一番好きな時間でした。
 母乳を与えたくても出ないお母さんもいるのですから、充分足りるだけおっぱいを
 あげられる自分は、かなりの幸せ者と思います。
 
 とにもかくにも、いつ生まれてきても良い状態で、あとは何時陣痛がくるのか〜?
 と、そればかりドキドキしています。
 ドキドキしてばかりいても仕方ないです。
 "案ずるより産むが安し"って、まさに言葉通りでしょうから。

 この半年、私のすご〜く個人的な出来事におつき合い頂いた皆さん、
 有り難うございました。
 次に登場するときは、私も2児の母です!

てくてく母さん(7)

妊娠9ヶ月
 
妊娠9ヶ月の後半に入りました。
会う人ごとに「大きいね〜」と感心される、特大スイカのようなお腹で、毎日「フーフー」言ってます。
9ヶ月に入り、ようやく心穏やかに過ごせるようになりました。
あれ程気になっていた仕事のことが、現在はすっかり頭から離れてしまいました。
初めて "専業主婦と母だけの自分"で日々暮らしています。
こんな生活も良いもんだ〜というのが実感です。
上の子を産んで5年。
常に頭の半分は仕事、半分で家事・子供・夫・地域のこと(町内会の行事)を考えて生活してきたように思います。
いつも余裕がなくてキリキリして、その為に子供(夫)に八つ当たりしたり、子供(夫)に我慢を強いたり、自分が我慢してストレスだったり・・・。
子供には可愛そうなことも沢山あったな・・・と、反省。
でも今は、余裕があるので優しいお母さんを楽しんでいます。
以前のような、○○しながら話を聞くとか、聞いてるふりして頭では別のことを考えている、なんてことはなくなりました。
母が変身して 子供は何か変化したかと言うと、何も変わっていないような・・・。
相変わらず健康だし、保育園でも楽しくやっているようだし、お腹の赤ちゃんを大切に思っているし。
こんなのんきな生活がいつまでも続くはずはないのですが、短い間でも、こんな時間が得られたことに感謝しつつ、この状況をうんとエンジョイしたいと思うのです。
プチアギトの母さん(1)
「幸せ」の代償・・・?

現在2歳6ヶ月の子供がおります。
子供を5ヶ月目から保育園に預けて職場復帰しました。
最初は不安で不安でたまりませんでした。
そして、不安はもう一つすぐに増えました。
私の勤める会社はいわゆる「男の職場」産休にしても事例がありませんでした。
産休前にアルバイトの女の子が入って来ました。引継をして産休開け、しばらくして
その娘は正社員となり、私は肩叩きにあっているような被害妄想に落ち入り、更に
子供がいると、職場では当てにされなくなり、肩身の狭い思いでいます。
この不景気の中、我が家も減給で、まして企業も厳しい事はわかりますが、
もう一人子供が欲しいなぁ〜と思っても「又、産休とるの?」と言われたお母さんの
事を思い出します。

本当に子供を産む事はそんなに悪い事ですか?と言いたく成る時があります。
朝8:30〜夕5:30までの仕事で、朝なんて戦争です。
土曜日も各週なので出勤の日は通常通り5:30まで、保育園にお迎えに行くと
残っている子はうちの子を入れて2人だけです。これから学校にあるようになると
週休2日のゆとり教育?そんな事先にやる前に社会から完全週休2日制にしなさいよ。
と、言いたい。。。
とても協力的な夫が出張の時は泣きたくなる事もありました。
世間は「出張!お父さん大変ね」と言いますが、大変なのはお母さんです。
私も以前の様に出張行きたいです。なんて・・・心配だけど・・・

時間に追われながら、お昼休みに銀行や買い物等やランチ!(外食)
限られた会社員の昼休みの時間帯に、なんで、どうしてー  専業主婦がー!!!!!!!
キャッシュサービスコーナーは困り果てた顔付の会社員がかならず後ろの方で並んで
います。もう少し時間帯を考えて欲しいと思いました。

私の勝ってですが、私の子供にとって保育園は入園させて本当に良かったなと思います。
子供を保育園に預けてると言ったら「まぁ〜かわいそうに・・・」と今の時代でも言う
人もいます。働かなくても生活ができたらな〜とも弱気になる事もあります。
親子3人でいる時はとっても幸せです。
思うようには働けない、言えない、というストレス。
可愛い我が子と引き替えなのかな〜と思いながら短い時間かも知れませんが、
家事の手を抜いても、子育ては手を抜かないぞ!
と限られた時間子供と親子漫才の様な毎日で一緒に成長できたらなと思っております。
そして、いつの日か「大変だったけど、あの時が一番楽しかった」と言うのかな?
                           
てくてく母さん(6)
2002年8月29日

「妊娠8ヶ月です」

妊娠8ヶ月となりました。
切迫早産の診断で自宅休養の指示をもらい1ヶ月半休みました。
体の方は落ち着き、産休まで残り3週間。
働くことはできるのですが、上司と相談の結果、このまま産休に入ることとなりました。
ホッとしたような、淋しいような・・・。
社会人になって十数年。
こんなに長く休んだことがないので、休んでいても何だか落ち着きません。
ずーっと家にいると、何だか罪悪感を感じてしまって・・・。
貧乏性だな〜と、我ながら悲しいです。

お腹の子は現在1200c〜1300cとのこと。
五体満足で、内蔵もしっかりしているよう。
当然、男か女かも決まっている。
私としてはどちらでも構わないのだけど、周りの人は気になる様子。
必ず「どっち?」と聞かれます。
うんざりしつつも、「私としては男のように思うんですが、健診では女っぽいと言われました。産んでみなければ全然解りません。どちらでも良いんです」と、答えています。
「どっちかな〜?」と、楽しみにしてくれていると思うと有り難いことですが、度重なると、それもストレスに感じることがあります。
無事に産めるかな〜、出産時のトラブルがないと良いな〜、なるべく安産が良いな〜、とりあえず元気で生まれてきて欲しいな〜。
今 私が思っていることは ただそれだけ。
男でも女でも どっちでも良いんです。
(男だったとして、困ることがあると言えば、娘のお下がりが全部は使えない・・・と言うことくらいです)

娘の今年の七夕の願い事は、「おかあさんが げんきな あかちゃんを うめますように」でした。
嬉しくて胸がじ〜んとしました。
この短冊は 出産までのお守りとして吊してあります。
どんなお守りよりも御利益があるに違いないと信じて。


てくてく母さん(5)
2002年7月15日
妊娠7ヶ月になりました。
前回5ヶ月の時に登場して、毎月経過報告しようと思っていたのに、2ヶ月ぶりとなってしまいました。
体調が良くなかったのです。
お腹が張ってしまい、短時間のパート仕事と家事と子育てと自分の体で いっぱいいっぱいでした。
ついには 入院の可能性もある なんて言われてしまって。
今月第2週からは 職場の配慮で休ませてもらっています。
このまま 早くも産休になってしまうのか?!というところです。

普段 自分の年について あまり意識することなかったんですが、この度は、"若い体じゃない"ということを自覚しました。
5年前の妊娠の時とは 全然違うのです。
頑張りたくても、体が言うことを聞きません。
やっぱり"年"なんですよね〜。
20代後半で結婚して、「しばらくは 子供はいらない。二人で遊んで楽しく暮らそう」なんて、安易に考えていた私。
その後の人生で、なかなか妊娠しなくて悩むとか、やっとできたのに流産するとか、子供が欲しくて こんな苦労をするとは 夢にも思いませんでした。
気持ちの若さって いつまでも保てるけど、体はどんどん若さを失っていくんですね。(鍛えている人は 別かな〜?)

体が若いうちにして置いた方が良いことの一つが妊娠・出産だと、日々しみじみと思っています。

てくてく母さん(4)
2002年5月12日


娘へのプレゼント

この頃お腹が出てきた。
5ヶ月にもなると、こんなものだったかな?と、5年も前の記憶を辿ろうとするが、辿り着けない。
流産が怖くて、ひたすら安静にしてきたから、単に脂肪がついただけ?とも思ったり・・・。
いつの間にか 上の子を産んでから、5年も経ってしまいました。
本当はこんなに間を空けるつもりはなかったのに・・・。
この5年色々あって、こんなに空いてしまいました。
もう若くないし、夫の仕事も先が見えないし、間も離れたことだから、一人っ子でも良いか・・・と思った時期もあったけど、妹弟を欲しがる娘を見ていて、できるものなら、妹か弟をプレゼントしたいと思いました。
娘が生まれてから、どこで見たか聞いたかは忘れたけれど、「親が子供にできる最高のプレゼントは、妹弟をつくること」という言葉が、頭の隅にあり続けたように思います。
妹弟ができたら、喧嘩もして、「一人っ子の方が良かった」と思うこともあるでしょう。(私がそう思ったから)
でも、「"きょうだい"がいて良かった」と思うことも必ずあるので、仲良く、切磋琢磨(?)していって欲しいと思います。

ぽんここさん(3)

2002年4月14日


「羨ましいけど…」

 先日、三女が通う保育所の懇談会がありました。メンバーは2名新しい人が入ったもののあとの24人はそのままだったので、和気藹々とした楽しい懇談でした。

 1人1人近況報告する中で、私が「ほう〜」と感心したのは、おめでたママが2人、それも2人とも4人目だったことです。特にまだお腹が目立たなかったかずくんのママはいそがしい3交代の看護婦さん(最近は看護師と呼ぶのかな)。すごいパワー、とひたすら感心していました。かずくんはお父さんもよく送迎しているし、どちらも夜いないときは預かってくれるところもあるらしいけど、それにしても。
 私もずっともう1人欲しいと諦めきれず、おむつやオムツカバーを後生大事に取っておいたのですが、昨年思い切って処分しました。三女ももうすぐ5歳。長女は中3、そんな中、また赤ちゃんはカワイイだろうけど、やはり体力的につらい、というより、家の中が騒がしく、散らかり放題なのがとても疲労感を倍増させます。散らかすのは末っ子だけではないのですが、それでももう限界です。

 子どもが増えれば保育所、小中学校、学童と付随して仕事も増える。昨年は更に子ども会、自治会も当番で、パンクしそうでした。土曜日曜も家に居られず、ますます家事が滞りました。

 4人姉妹もいいなあ、と三女がまだ赤ちゃんだった頃は夢を描いていましたが、今はとにかく日々回して行くだけで精一杯。振り返れば『にぎやかで煩いほどの頃』が一番いい頃なのでしょうが、今はそんな心の余裕はなかなか持てずにいます。子どもが多いことはとっても羨ましいけれど、我家はこのまま三姉妹でずっと行きそうです。
 生まれたら、かわいい赤ちゃん見せてね。送迎の時連れてきてね、とかずくんのお母さんに頼んでおきました。

てくてく母さん(3)
2002年4月5日

娘のメグミは同じクラスのはるかちゃんと仲良しである。
時々、保育園外でも遊んだりする。
この二人、同じ4歳児でありながら、全然違う。(当たり前だけど)
お互いに得意分野と不得意分野が異なる。
それが、一緒にいると、互いに相手に引っ張られて、不得意分野にチャレンジできるようである。
なかなか良い関係だな・・・と、親同士は思っている。
一人よりも二人、二人よりも三人、三人よりも・・・沢山の人と関わりを持つことが大切だと、娘を見ていて感じる今日この頃です。


*てくてく母さん、調子の悪い時なのに、送ってくれてありがとう!
何ヶ月かの辛抱ですから、メグちゃんの弟か妹のために、こらえてね。
また、そのうち、どんどん書いてくださいね。(中谷)

ハンドルネーム シュガーさん

 私は36歳、夫(43歳)、長男(7歳・小学校一年生)との3人暮らしです。共働きです。
 ただ、私と夫の実家が近くにあるため、いざというときには助けを求めることができるというのは、共働き子育て夫婦の環境としては恵まれていますよね。たとえ、夫が一切の家事を手伝ってくれなくても(!)、週末はごろごろしていてどこにも連れて行ってくれなくても(!!)、実家があるというのは助かります。
 子どもが3ヶ月のときに、夫に対して堪忍袋の緒が切れて真夜中に子どもをおんぶして家出したときがありましたが、その時も実家に家出しました。(実家に帰ったというのでしょうか・・・。)

 子どもについての悩みは、その時々に新しく生まれてくるものですね。
 保育園時代は保母さんによくいろんな相談をしていました。たとえ年齢が私よりも若くても、たくさんの子どもたちと過ごしてきたプロの方々です。悩みにも一つ一つ丁寧に答えてくれて、一緒に子育てしてもらったという実感です。
 小学校は、親が送り迎えをするわけでもなく、先生との関係も保育園とはまったく違ってきます。忙しい先生に迷惑なのではという遠慮が出てきますし、どのくらいの距離で先生と付き合っていったらいいのか、他のお母さんはどうしているのか、働いているとお母さん同士のお付き合いもできず、孤立した気分です。
 子どもに「今日どうだった?」と聞いても要領を得ませんし、けんかしてひどい引っかき傷を両ほほに作って泣きながら帰ってきたりもします。それも、私は仕事中ですから、夜それを知り、どうしたらいいかもわかりません。
 入学前には、放課後どう過ごさせるかも悩みに悩みました。学童保育や児童館を見学したり、ヘルパーさんを探したり。仕事が終わって迎えにいける時間が夜8時を過ぎるため、どうしても二重保育になります。結局ヘルパーさんに家に来てもらい、親が帰るまで待っていてもらうことにしました。それも週に半分で、もう半分はおばあちゃんの家に行っています。おばあちゃんにはわがままの言い放題のようで、このままでいいのかなというのも悩みの種です。

 いろいろ悩みは尽きませんが、今私が一番考えなくてはいけないと恐れていることは「夫との関係」なのです。こんなことを話すのは恥ずかしいのですが、ハンドルネームだからいいですよね。
 結婚するときに「私は一生仕事は続けます」と宣言していたため、仕事を続けることには、不満・不平、ぐちなどは一切ありません。
 でも、自分の生活も全く変えません。いつも時間に終われぎりぎりの綱渡り生活を私がしていても、ちっとも自分の生活を変えない。先ほども書きましたが、家事はしない。食べた食器も下げない。子どもと過ごすための時間を作ってくれない。休みの日朝から家事に終われている私にもねぎらいの言葉もない。結局必死になっているのは私ばかり。そんな不満から、夫のことをパートナーとして愛せないのです。
 「私たち夫婦はソウルメイトとして一緒に暮らしている」という言葉を友達から聞いたときはがーんとショックを受けました。ソウルメイト!!魂から分かり合える人。
魂が求めるものが一緒。そんなイメージでしょうか。ソウルメイトが私もほしい!!そう思う今日このごろなのです。

 最後が深刻な話題になってしまった・・・・。でもまたお便りします!
              ハンドルネーム シンデレラッコ
小2・年長・年少のBOYsと、アイスホッケーを公認暴力だという夫。
設計事務所という看板をようやくあげまして、パソコン、英会話・パン・・・いまだ、上達せず・・・トホホ。
車の運転免許は、10代の若者たちにまっじて、ようやく取れました。
頭で、わかってはいても、スグに出来ない、モドカシさでした。辛ーい、一ヶ月でしたが、日ごろ、子どもたちには、平気で、言葉の暴力使ってしまってる自分にキズキマシタ。
「何回、言ってるの!」とか、「頭を、使いなさい、付いてるだけか!!」とか、教官言葉が、グサグサ、刺さりました。
ばら色のフォティ−までに、体型と髪の長さを元の戻したいのが、ここ、2・3年の最大の、目標です。

大好きなのは、チョコレート、ワイン、本です。フェアートレードのG・Vのへーゼルナッツ最高です!
ハリー・・息子いわく、「クラスで、観てない人いないんだよ」って、ホント??
我が家は、観てから、読んだのですが、努力せずに、実は実は・・・と、いいほうに話が進むので、イマイチ。スプーンおばさんとか、だれも知らない・・・コロボックルに、ハマっていた、小学校のころの私です。
2002年3月11日
すっかり、ご無沙汰(子育て通信以来)のシンデレラッコです。
「わかるー、その気持ち!!!」って、一つ一つ・・・イヤ、お一人お一人と馴染に感じちゃいました。

私は、長男の参観の下校のときに・・・。
学校の帰り、てっきり、いっしょに歩こうと思っていたら、玄関で、待ってども待ってども、長男が出てこなくって、「アレっ、すれ違ったかしら??」と思いつつ、帰路。
ところが、その、同じことが!!!二度目に起こったのです。家に着くなり、「おいてくなんてひどーよ、この前と同じじゃない」、と、プリプリの私。
「えー、そうだったのか・・・」長男は、いつもどおりで、ケロって感じで、その時点で、まだ、何にもわかっちゃいない私は、弟たちを引き連れて、お昼寝タイム間際に駆けつける参観の日の
自分の大変さという都合で、怒りまくりました。

そいでも、まだ、気がオサマラズ、帰ってきた夫に話すと、「アイツも、そんなことがかっこ悪いと感じるだけ、成長したって事さ」と。予想もしていなかった、この展開に、涙ぐんでしまいました。
淋しくて、ユーミンがバックに聞こえるくらい、たまらない気持ちでした。
トンでもない血液病気で、生死をさまよったあの時よりも、次男を出産する折、入院した、たった3日間よりも、地球と火星位の距離を感じました、ハイ。
友人たちは、笑って、アンタ、親離れも悪かったものネとか・・・。

長男と離れている寂しさが、想像以上でしたので、三男のときは、自宅出産出来るべく、テハズをした私でした。私の祖母が産婆さんであったので、まったく、迷わず、もう、当然のことのように、私の自由な、私のお産をと。相性のよい助産婦さん探しを始めて、
そういっていると、縁かしら、助けてくださる方と出会えて、感激!!
外野の声は、確かに、ウルサク感じましたけれども・・・。でも、「何かあったら・・」とか、もっともそうに聞こえますが、そんな心配は、場所がどこでアレ、確立は同じですし、第一、産前のもろもろの検診検査ですら、あれは一体、病院のためとも思えるほどの、過剰でしょうと。
約束した時間に、我が家に、検診に来てくださる助産婦さん。子どもたちも、楽しみに、幸せな時間でした。
出産のその日も、10階リビングから、豊平川の水面の輝きを眺めつつ、うーん、ツルリンでした。

姪っ子が、障害をもっているので、姉は、一番気にして、いましたが、そういうことは、自宅出産だから、考えるというより、夫と、子どもを作る時点で、覚悟してました。
あ、作る時って、その時じゃなくって、結婚を決めた時ですぅ・・・(@_@;)
その時の話し、詳しくは、ココ・キチの過去ログを、覗いてくださいネ。
病院付きの、助産婦さんでも、取り上げている回数が気になりませんか?設備じゃないよ、愛!!気持ちのはいってる助産婦さんとのお産は、超オススメです。

出産、子育てで、追われる日、男性は、ゆっくりしか、お父さんになれないんだんぁと、
時々、恨めしく思っていたほど・・・。
3人の同時のギャング期が、このごろ、ようやく、落ち着きまして、先週、5人でスキーに出かけた時には、「ようやく、ここまできたかって、感じ」と、お互いの労をねぎらいました。
学生時代からの思い出に加え、かわいい子どもたちの成長という幸せを共有できて、
これからの、山あり谷ありの人生も、ふたりで、のりきれるんじゃないかと思っています。

と、ここまでは、前回のお話・・・かなり前ですが・・・。
ようやく、開業を実現した私たちは、仕事場でトラブルが発生すると、そのまま、家庭にも、怖い顔のまま、ツナガッテシマイ、インケンな空気で、時々反省しています。

「今は、必死に、仕事ダケしたいんだよなぁ」と思いつつ、家事と仕事の両方のわらじの忙しさ、
もうすこし、手伝ってほしい・・・言葉がタラナイ夫に、距離を感じちゃっています。

・・・で、最近みたビデオ・・・リトルダンサーの切なかった、お父さん。あと、フランダースの犬の劇場版、ジョデイ・フォスターの王様と私もよかった!!!

  ペンネーム おばけのハオハオ(2)
 2002年3月1日
子どもを叩いてしまいました。
 1日の疲れがたまって来た夕方、朝から遊んでいたお友達が帰る間際。言っても言っても聞いてくれない、止めてくれない、理由を聞いても教えてくれず、泣きわめいて 終いに私に蹴りかかって来た長男のほっぺをピシャリ。「いい加減にしなさい!!」と怒鳴ってしまいました。
(やってしまった。)みんなが帰ってから、少し冷静になった私は、テーブルにうつ伏してしまいました。次男が心配して、自分は悪くないのに「ごめんね、ごめんね」と謝ってきます。長男はコタツの下にもぐったきり。
 「叩く事が必要な時もある」と言う人が居るけれど、どうしても納得できない私。それなのに叩いてしまう事があります。冷静に叩いて叱るなんて、私の場合ありえません。冷静な時はちゃんと話して聞かせています。叩いてしまう時は、100%感情的になっている時。
(こんなに柔らかなほっぺを叩いてまで、急いで教える事なんて何も無いのに。みんなの前で叩くなんて、息子のプライドだってあるのに。なんて最低な事をしてしまったのだろう。痛かっただろうな。怖かっただろうな‥‥。)
 色々な事を考えながら、下唇を噛み締め無言で夕食を作りました。きっと怖い顔をしていたと思います。次男はそわそわしっぱなし。
 しばらくして、コタツから出てきた長男は何食わぬ顔で遊び出しました。でも、いつもと違うのです。「お母さんがいてよかったぁ。」「お料理なにか手伝う事ある?」「みんなで仲良く楽しく食べようね。」等と、私の喜びそうな事ばかり言うのです。「ご飯が出来たからおもちゃ片付けて」と言ったら「ハイ!」って、せっせと片づけ出して。
 それは、必死にお母さんに嫌われまい とする長男の姿でした。こんな風に「よい子」になる事を望んだわけではないのに、こうさせてしまったのは私。
 夕食前にきちんと座って、息子に謝りました。今まで平静を装っていた息子も涙を浮かべています。そして、さっき暴れた理由をもう1度聞いてみました。全く思いがけない理由でした。「さっきは言えなかった」と息子。謝る私を「いいよ。○斗(自分の事)が悪かったから」と許してくれました。「どんな理由があっても、叩いちゃいけなかったね。叩いたのはお母さんが悪かったんだよ。○斗のせいじゃない。お母さんも失敗する事があるから、悪い時は教えてね。」と話して、ギュウッと抱きしめました。

 その夜、子どもが寝た後帰ってきた夫が、「今日は友達が来てどうだった?」と聞いてくれました。涙がポロポロこぼれて、話にならない話を聞いてくれた夫。「反省しているなら大丈夫」「いいお母さんだよ」「これから長い時間一緒に居られるんだから、やりなおせるって」「また話を聞かせてね」と励ましてくれました。話を聞いてもらって、励ましてもらって、ようやく落ち着いて「また 明日からがんばろう」って元気が出てきました。
 次の日、昨日来てくれていた友達に電話をかけて謝りました。心配してくれていた友達。「○○さんも感情的になること、あるんだね。安心しちゃった。」なんて冗談を言われたぐらいにして(苦笑)。
 こんな失敗をしても、夫や友達のおかげで落ち込みすぎずに、やって行けています。孤独だったら耐えられないかも。みんなありがとう!!これからもよろしくね。
(翌日の長男は、と言うと、元の腕白坊主に戻りました。ホッ。次男も落ち着きを取り戻し、ホッ。ニコニコした私のそばでは、子どもはのびのびしています。改めて母親の影響力を実感しました。)

最後にお礼と感想を…
感想を送ってくださった「のりのりママ」さん、ありがとうございます。確かにその通りですね。辛い経験でしたが、子どもを持つ意味、命の尊さ、健康のありがたさ等、色々考えさせられ、今の自分があると思います。結局「プラス」だったかな。
ココアさん、我家の息子達もこんな日がくるのかな、と思いながら読ませてもらいました。参考になるお話、また聞かせてください。ちなみに自分の思春期の頃は大荒れで、部屋にオレンジジュースをぶちまけた事があります(恥)。兄はケチャップでした(大恥)。
てくてく母さん、うちの長男は全く逆です。走り回るのが大好きで、お絵かきはサッパリ。でも、変に教え込まずに見守っています。次男は何が好きになるか、楽しみです。
ぽんここさん、わが町でも近々その「セミナー」が開かれます。急に行って見たくなりました。後日報告しますね。

ハンドルネーム; cocoa ココア!(2)
2002年2月28日
こんにちは(-_☆) cocoaです!
今日も1号のことを書いてみました。(1号・・スマン!)

《うっ!思春期 第2弾だ〜》

1年前、6年生だった我が家の1号は、男の子のわりに書くことにマメで、離れてしまった友達などと「FAX」or「メール」or「手紙」をやり取りしているのは知っていました。が、
夏前くらいからは、特定の女の子から、いかにもラブラブな封筒が届くようになったのです。しかも頻繁に・・。息子も3回に1回は返事を書いている様子でした。
(;¬_¬)どんな気持ちを手紙につづっているのかなぁ〜
と思いながらも、何年も前に確かに私にもあったキュンとする想い!
を思い出しては、時期がきたんだなぁ〜と考えることにして(笑)「これは絶対そっとしておこう」と、そんな気持ちでいました。

そして去年のちょうど今頃、こんなことがありました。(^_^;
バレンタインデーに、ラブラブの小包が届き、なんと《手編みのマフラー&手作りチュコレート》ですよ。
正直すごいなぁ〜と思いました。でもその時、チョコと一緒に入っていたメモを見てしまい
言葉をなくしてしまいました。

・「今日もあなたとキスをする夢を見ました。」
・「キス以上のこともしたいなぁ〜」

そんなことが・・・簡単に書かれているのです。( ̄□ ̄;)もうビックリしてしまいました。
それからは「そっとしておこう」と思っていた気持ちも崩れ、
手紙が来るたびにハラハラしてしまう私・・・。
絶対にいけないことだと知りながらも、彼女からの手紙をこっそり読ませてもらうというルール違反をしていました。
そして3月、卒業式を終えて、春休みに入ってすぐの手紙にこんなことが書いてあったのです。

・「逢いたくて、逢いたくて、我慢できないので春休み中に私はあなたの町へ行きます!二人で一日過ごせるような場所を探しておいて下さい。都合のいい日を書いてすぐに返事を下さい」

もう、この手紙を読んでからは、ずーっとドキドキものでした。
彼女への不信感は深まるし、それより我が息子は、彼女からの手紙をどんな気持ちで読んでいるのか・・どんな返事を書いているのか、はたして春休みの彼女の提案についてはどう答えを
出すつもりなのか・・私には(親には)相談してくるんだろうか、
あー、もしかしたらあの子も「キスしたい・・」なんてこと考えているんだろうか・・(´ヘ`;)ハァ
もう頭の中、ごっちゃごちゃ!になっていました。(笑)

息子がどんな返事を出すのか。それだけは絶対に知りたい私は気をつけていました。
すると神様の仕業とでもいうような偶然で、ポストに入れる寸前の息子の書いた手紙を、見ることができたのです。
(ごめん!)と心の中で手を合わせながら、おそるおそる読むと、こんなことが書いてありました。

・「どうしたんだ?そんなこと小学生の俺達だけで決めるような
 ことじゃあないと思うよ。はっきり言って逢えないから〜!ごめん」

もうその手紙を読んだ私の目からは、ボロボロの涙がしばらく止まりませんでした。
結局、私に相談することもなく、自分で出した答えを、彼女に伝えた勇気・・・。
「息子よ、ありがとう!」って気持ちいっぱいでした。
知らないうちに小さな恋をして、知らないうちに自分で解決する方法まで身につけて、なんだかすごく大人にみえたなぁ。
結局、私ひとりで大騒ぎして・・(^^ゞ 恥ずかしかった。

でも、彼女の母親は、どれくらい気づいているんだろうと思います。
今の小学生が、どこまで理解して言葉に出しているのかわからないけど、性について興味があり、男の子は女の子と、女の子は男の子と、「キスをしてみたい」「それ以上をしてみたい」
「二人っきりで過ごしたい」と思い、言葉に出しているということを私たち親は、知っておかなくてはいけないんだなってすごく感じた出来事でした。
ぽんここさん(2)
2002年2月21日

「セミナーの男性」
 私の住んでいる町では、ここ数年2〜3月に「男女共同参画セミナー」(そのときによって”女・男(ひと・ひと)セミナー”とか”まなびあい塾”などという名称が付けられています)が開かれています。
 講師を招いてのお話のあと、質疑応答の時間をとるのが一般的ですが、挙手されて発言するのは意外に男性が多いのです。職場をリタイア後、時間に余裕があり、なおかつセミナーに出ているような「進歩的」な男性、のはずです。
 ところが質問とは名ばかりで「私は○○業界に長く勤め…」と始まり、苦労話や手柄のことなど、ノンストップで続きます。「妻に家事も育児も任せ切りだったが、男として仕事に没頭し、妻も納得してくれている(と思う)」「妻には感謝している」と、終わります(妻に直接言ってはいないのだろうな)。
リタイアしてようやく自分のことを語る余裕ができ、聴いてもらえる場ができて、堰を切ったように話す男性たち。時間が足りなさそうで、もっとお話を聞きたい、と感じます。
 子育てサロン、というものを時々開いている育児サークルもありますが、今度はぜひ、「おやじサロン」と合体して、男性にも発言の場がもっと広がり、お互いの理解を深めていけたらいいのに、と思いました。

てくてく母さん(2)
2002年2月16日
    「誉めて育てる」    
 4歳の娘は絵を描くのが大好きです。
 "お絵かきせんせい"や紙と色鉛筆があれば、いくらでも絵を描いていられます。
 その代わりと言ってはなんですが、体を動かすことはあんまり好きではないみたい。
 少し前は、子供は体を動かすことで情緒も正常に発達するというようなことを聞いて、どうにかして子供を外に連れだして、遊ばせようと躍起になっていました。
 でも、外で遊ぶよりも、家の中でお絵かきする方が好きな娘にとっては、いい迷惑だったみたい。振り返ってみれば、運動オンチの自分も、"運動させられる"体育の時間はとっても苦痛でした。イヤなことを無理強いして嫌いにさせるよりも、好きなことを自由にさせている方が、それを見ている私も心穏やかでいられます。
 と言うわけで、我が家には、娘の書き散らした絵が沢山あります。本人にバレないように処分するのが、けっこう大変なのです。
 "好きこそものの上手なれ"と昔の人は良く言ったものです。4歳児にしちゃあ上手いかな?というような絵を描くこともあります。(親の欲目です。親バカです。スイマセン。)日常的にあれだけ描いていたら、描き慣れしてるから、そこそこの絵を描いても当然という気もしますが。
 私は娘の絵を誉めます。とにかく誉めます。たいしたことない絵でも、好きな部分を探します。そして、「お母さん ここが好き」と、伝えます。すると娘は喜んで、ますます張り切って絵を描きます。プラスの循環とでも言うのでしょうか。
 お絵かきと同じくらい運動もしてくれたら良いのに・・・と、胸の片隅で思いつつ、一つだけでも得意なことがあって良かったーと思うのです。
このことから、誉めることが子供を伸ばす一つの秘けつとは思うのですが、普段の生活では誉めてばかりもいられず、怒っていることの方が多いかな〜?!


ハンドルネーム『ぽんここ』さん
ペンネームの由来=長女が小さい頃、ポップコーンが大好きで、「ママ、ぽんここ作って〜」とよく言っていたことから。あの頃って、なんて可愛かったんだろう…。

14歳(中2)、11歳(小5)、4歳(保育所年少)の3人娘をもつ、ワーキングマザーです。
長女を産んで4年は子育て専業ママでしたが、再就職してはや11年。
慌しくも充実した毎日を送っています。夫も地方公務員。帰りが早いときは
家事をしますが、今の部署は残業が多くて困っています。

2002年2月12日
「しあわせな光景」

 今日は休日。いつもは朝食はばらばらに食べ、夕食も部活動が遅い長女が欠けることが多いし、みんなあまりにもお腹がすいていて、出来た物から食べまくっているので、食べている子どもたちに目をやる余裕がありません。
 でも、お休みの日の「おやつ」の時間は、ゆったりと食べることができるし、3人揃って口をもぐもぐする光景を見ているとすごく心が和むんです。おやつもできれば一緒に作れるようなものならなお嬉しい。私は食べることをしばしば止めて、娘たちの口許を眺めています。ああ、やっぱり長女と三女はそっくりねえ、なんて思いながら。

 そのとき食べているもの?、やっぱりポップコーン(ぽんここ!)が多いけど、冷凍パイシートを切ってねじって焼くだけとか、干したお餅を揚げたものとか、家にあるものでなんとなく作っています。
 こうして一緒に食べられることが、どんなに大切か、幸せか、子どもの時にはわからないのですね。自分が親になって、ようやくわかる。子どもたちが巣立つまで、あと何年あるかわかりませんが、一緒ににこにこしながらおやつを食べられたらいいな、と願っています。
       ハンドルネーム; cocoa ココア!(ここではホットココア!)

みなさんこんにちは(^−^)/ココアといいます。
では簡単な自己紹介をさせてください
●なぜココア?
 温かくて、甘〜くて、(^。^;)ホッとするココア。私も 少し疲れた時、甘〜いココアで一息いれたいなぁ〜と思う。 きっと息子たちも、一歩外に出れば それぞれの社会で 少し疲れて家に帰ってくるんだろうなぁ・・・。そんな時、できれば私はココアになりたい。
 温かくて、甘〜くて、(^。^;)ホッとするココアでいたい。
 そんな思いから・・私のハンドルネームは「cocoa ココア」です(^_-)v。
●親になってどれくらい?
 私は縁あって、二人の男の子のお母さんです。
 25歳で初めてお母さんになった時は、もう嬉しくて嬉しくて・・楽しい子育てのスタートだったなぁ。その子が今は13歳(中1)。(あ、私の年もバレちゃうなぁ・・)
 27歳で上の子とは全くタイプの違う子が、ジャ〜ンと私のお腹から出てきました。(笑)
 その子が今は11歳(小5)。いろ〜いろ、もう何日かけても語りきれないほどいろ〜んなことがあって、たくさんの壁を乗り越えて子育て13年目の私が ここにいます。
 もちろん今も、奮闘中!悩んでばっかり・・のような気もするし、楽しくて仕方ない・・そんな気もするし。ここのHPで、たくさんの人と意見交換できたらいいなぁと思います。
 みなさん、どうぞ(^ー^)ノ ヨロシク お願いします!

2002年2月9日
●“いろ〜いろ”の中から今日はこの話を聞いてください
あっ!その前に・・・。

これは兄弟が何人いてもおんなじだと思うのですが、私、1号(上の子)って、可愛そうだなぁ〜〜と思っているんです。何故なら、彼に起きる全てのことが、私にとっても初めてのこと
ばかりだから、いちいち考え・いちいち戸惑い・いちいち口を出す。そして涙まで出してしまう・・。(笑)今日は、その1号が「思春期を迎え始めた時」の話をします。

《 ウッ・・・思春期!なの?》

どちらかといえば、我が家の1号は手のかからない方でした。私もなんでも話したし、話もしてくれる方だと思います。そして5年生くらいまでは、参観日で私が教室に顔を出しても、
ニッ!と笑顔で片手を上げて合図したくらいにして・・、
家での彼と、学校での彼に違いが無く、(^。^;)ホッ!としていたものです。

そんな1号が去年、6年生になって、修学旅行を終えたばかりの頃のこと。
(カラダもこの頃から どんどん大きくなっていきました。)
ある日、そろそろ学校から帰ってくる時間だなぁ〜という頃、突然ものすごい勢いで雨が降ってきて、(パケツをひっくり返したような)これじゃあ二人とも帰ってこれないか・・と思った私は、当たり前のように傘を2つ持って、走って学校まで行ったのです。(恥)
残念ながら、2号は既にびしょびしょに濡れて学校を出た後でした。せめて1号は間に合うように!と、走って校門の前にたどり着いた瞬間、5〜6人の6年生(1号を含む)が、ちょうど玄関を出てきました。素晴らしいタイミングに、今までだったら喜んだろう彼の顔が、あれ?
もろ、嫌〜な顔になってる。喜ぶどころか、迷惑そうにしているのです。
そして神様の意地悪なことに、次の瞬間、パッ!と雨はあがってしまった。いったい私は何しに行ったの?という状態になってしまい、気まずい空気が流れたのですよ。(´ヘ`;)ハァ
傘は必要なくなるし、結局私は、1号や、その友達の何人かの後ろから、ひとりトボトボ歩いて帰ってきたのですね(笑)。

ひとり歩きながら、なんだか笑えたのを憶えています。
「傘の心配なんて、もうしなくていいのかぁ・・・」と思うと、一歩づつ大人になっていく息子に対して嬉しいはずなのに、笑えるはずなのに、涙もこぼれたんです。
涙してる自分に、また笑えて・・・。(笑)

少し前を歩いていた彼が、友達と別れた場所で私を待っていてくれて、私にこう言ったんですよ。
>「傘、ありがとね・・。」 そして少し間をおいて、
>「でももう、傘は届けてくれなくてもいいよ・・」だって。(笑)
>「それと、オレンジのTシャツ、派手過ぎだよ〜」 (苦笑)

まいったなぁ〜、こんなセリフを息子から頂くなんて・・。一つづつ卒業していくんだなぁ・・、そして巣立っていくんだなぁ・・と、嬉しいのに寂しい我が息子の“思春期”スタートでした。
その晩 夫に(たぶん涙を流しながら)この話を聞いてもらいました。
すると夫は、私の気持ちも、息子の気持ちも理解できるみたいでした。「母さん大好きは変わってないって・・。俺も、そうだったも・・。ただこれからは、こうして少しづつ離れていくよ。当たり前だよ・・。」と言って、頭をなででくれたのでした。(笑)
だけど母親って、こんなもんですよね・・。いちいちハラハラする・・。
きっと、これから先もずーっと
  ペンネーム おばけのハオハオ
現在29才の主婦。4才9ヶ月のヤンチャな長男、1才半のマイペースな次男、
2人の男の子の母親です。夫は同じ歳で、福祉の仕事をしています。
夫と私の実家は同じ市内ですが、私達は実家から遠く(?)400kmほど
離れたK町に 家族4人で住んでいます。この町に引っ越してきてから約7年。
近くに親戚は居ませんが、すてきな友達が沢山できました。泣いたり笑ったりの毎日。みんなで助け合っていい子育てをして行きたい、と思っています。
2002年2月4日
 「そろそろ3人目の子が欲しい。」この頃そう思うようになりました。もしも、授かることが出来たら、今度はどこで産もうかな。私がこの事で迷う理由、2人目を身ごもった 約2年前の話をさせてください。

 あれは、忘れもしない一昨年の3月1日。妊娠4ヶ月末の妊婦検診(エコー)で、医師から「胎児に染色体異常の所見がある」と告げられました。そして、「もしも、染色体に異常があった場合、異常のあった位置によってダウン症になったり、産まれてすぐに亡くなる事もあります。羊水検査をすれば染色体の異常の有無を調べることができますが、結果が出るのに3週間程かかります。人工中絶するには時期的に限界がありますので、1週間以内に羊水検査をするかしないか決めてください。」と言われました。そして極めつけに「出産後に『お腹に居るうちにどうして教えてくれなかった』と言われたら困るし、産まれてすぐ亡くなる児なら、小児科の先生の無駄な仕事が増えますから」とまで言われました。呆然として診察室を出た私を追いかけて来てくれた看護婦さんが「○○さん、検査をしたくなかったら、しなくても良いんだよ。」と言ってくれて、私は思わず泣き出してしまいました。
 望んで授かったこの子を中絶するなんて、どんな障害があったとしても考えられない。"健康な子どもが欲しい"けれど、"健康でなければいらない"のとは違う。それなら、検査をする意味はない。もしも、短い命なら、せめてお腹の中で心地よく過ごさせてあげたい。ハンディキャップを乗り越えて産まれてくれたら、私の人生をかけて受け入れてあげよう。そう決心した私は、仕事から帰った夫にこの事を話しました。夫は私の気持ちを理解してくれ、共に受け入れてくれると言ってくれました。(感謝!!)そして、この日初めて胎動を感じたのです。赤ちゃんが、「ここに居るよ!!守って!!」って言っているように感じました。

 あの日から次男を無事出産するまで、不安や葛藤の連続でした(出産後も葛藤は続いています)。検査をしないと決めた私に、病院からは染色体異常についての説明も無く、精神的サポートも望めませんでした。病院に胎児を奪われそうになるのを、必死に守ろうとする夢を何度も見ました。精神的に参りそうになった時は、夫、友人、知人が暖かい言葉で支えてくれました。そしてまだ2歳だった長男の、胎児に対する優しさに支えられて過ごしました。
 私はネットや本で情報を収集し、羊水検査などは出生前診断と言って 命をふるいわける、実に多くの問題をはらんだ検査だと知りました。同時に 染色体異常で産まれてきても愛されながらがんばっている子ども達を知りました。障害が重い場合、積極的に治療してもらえない医療の現実も‥‥。
 事情を知る親戚に「無事産まれたから良かったものの、なにかあったらどうしていたの」と言われた事があります。

 異常や障害があると知っていて産むのは罪でしょうか。検査をしないのは無責任なのでしょうか。産まないのが本人のため?でも、産まれて来ないほうがいい命があるなんて思えません。世の中には色々な事情の人がいらっしゃるから、検査をする人、その結果によって中絶をする人を責める事は出来ませんが、私はこの時のような思いを もうしたく無いのです。「知らない権利」もあっていいですよね。
 でも、エコーなどの検査を拒んで治療可能な病気を見落としてしまったら まだ見ぬ子に申し訳無いと言う思いと、私自身が難病を抱えている事もあり、次の産院選びは難問です。
 病気や障害を持った子でも安心して産んで育てられる社会が最高ですよね。だから、中谷さんの活動に共感し、応援しています。私も小さな事からはじめたいな と思っています。

  ハンドルネーム  てくてく母さん
    6年前 夫と二人で見ず知らずのA町に転居。頼る人のない土地で、
初めての妊娠・出産をし、産後は託児グループの支援を受け、
産休のみで仕事(看護職)へ復帰(パートではありますが)。
現在 夫と4歳の娘との3人家族。
2002年2月2日
ちょっと考えました
        うちの夫は薄給でも頑張るサラリーマン。
        朝早くから夜遅くまで 会社で頑張るサラリーマン。
        1日の3分の2は会社で過ごしている。おまけに休日出勤は当たり前。  
        家は寝るためだけの場所のよう。
        家族揃って食事を囲むなんて、1ヶ月のうちに何回あるだろう?
        まぁ 片手で数えられるくらいのもの。
        TVも新聞も、「せめて食事の時だけは家族で揃って」と言うけれど、
        それさえもできない我が家はどうすりゃいいの?!
        過去最悪の失業率と叫ばれるこのご時世に、家族で食卓を囲みたいから転職
        ・・なんてことは、自殺行為に等しいと思うし。
        だったら、このまま我慢するしかない。
        子供が3歳頃までは正直言って"どん底"でした。
        子育て・家事に非協力的な夫を恨み・呪い、我が身の不幸を嘆いてばかりいた。
        が、子供も4歳になると手が掛からなくなり、ずいぶん楽になった。
        子供は自分の言葉で父とのコミュニケーションをはかっている。
        1日のうち ほんの僅かの時間しか父娘は共有できないけど、
        それでもどうにか心と体の触れ合いはできているよう。
        TVや新聞が、家族や子育ての正しいあり方・理想を声高に唱えるのも良い。
        でも、そのために傷つき、辛い思いをする人もいるのではないか?
        1〜2年前の私と同じようなマイナスの気持ちで暮らしている人がいたら、
        「貴女だけじゃないよ。うちも同じ」と言って、
        一緒に、夫や会社の愚痴を言って、心の荷物を少しでも軽くする
        手伝いができたら・・と思う。

*ママキチリレートークの書き手のママたちに、感想などメールで、よせてくださいね。

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