子育て支援3つの柱
みなさんに知っていただきたい事は、多くの子育て中の親は、未熟な自分を感じながらも、時に子どもに助けられ、子どもとともに生きる毎日に感謝しています。
反面、その人が置かれている状況により、ほとんどの親が子育てが辛くなり得る事も事実なのです。そして、その分かれ目は、ほんのささいな身近な人の手助けがあるかないかによるのです。
ですから、個人の思いやりで、地域の支え合いで、社会のしくみで、できる手助けを考え行動して欲しいのです。ほんのささいな手助けが、親の心の基地となり、子どもの心の基地となるのですから。
(1) 男女共同参画での子育てを
(2) 地域での子育て支援を網の目のようにはりめぐらせる
(3) 親育ちを支援する

子育てを切り口に男女共同参画社会を考える(女のスペースおんの会報依頼原稿より)

 白老町の中谷と申します。10年前に育児サークル発足、8年前に「子育て通信」発行、3年前に託児グループを発足。その間、父親の子育てや男女共同参画社会に関する講演会などを開催してきました。又、北海道男女共同参画懇話会委員、白老町情報公開・個人情報保護審査会委員、北海道新聞「21人委員会」委員などをさせていただきました。この10年を通して考えさせられた男女共同参画社会について、子育てを切り口に書かせていただきます。

 子ども時代の多くを働く母親の生き方に触れて育った私は、「女も男も、大人になることは仕事をして経済的に自立することだ」と自然に考えていました。「先生になりたい」という志を持っていたのではなく、特別奨学金を受けられ、収入が安定している教員になれれば…という思いで教職に就いた私。教員になって思い知らされたのは、子どもを受容するのが苦手な自分でした。大人の思い通りにならない子どもに腹が立ち体罰をしてしまい信頼関係が築けず、泥沼にはまっていたこともありました。そして、「現代の母親は、人格が未熟だから躾も出来ず、子どもが荒れるんだ」と母親に対してだけ批判的に思っていました。

 ところが、諸々の事情で仕事を辞め、専業主婦として子育てをすることになった私は、『母親』がいかに社会の中で孤立しているか、不安や焦りを感じながら助けも求められず悶々とした日々を過ごしているか、思い知らされました。以前の自分は、生活者(多くは女性)の視座を持てていなかったことを痛感し、どうにかわかりやすく子育て中の母親の現状を、以前の自分と同じ人(多くは男性)に伝えたいと思いました。現実を理解し、何ができるか共に考えて欲しかったのです。しかしながら、『母性神話』は根強く、社会全体の子育て環境がどんどん変化しているにもかかわらず「母親なら子どもを受容し,しつけられて当たり前」それが出来ない現代の母親だけが悪いという批判の声が、有言・無言で迫ってきました。

 先日開かれた道新21人委員会の最後のフォーラムでも、財界の実力者の方が「働く母親が増えたから子どもが悪くなった」と、きっぱりと言い切られました。なぜ、母親だけにその責任が押し付けられるのか。母親が働いていても、専業主婦でも、子どもの心の病・反社会的な行動は起きているのが現実です。以前、私自身がそうであったので批判する気にはなれませんが、父親はもちろん、地域や社会全体の「子育て力」を新たに構築していくことが急務だという事を理解して欲しいのです。批判ではなく、自分の会社で働いている親達が、子育てと仕事の両立の何に苦労しているのか探り出し、改善して欲しい。そうすることで(ほんの少し改善していただけるだけで)親の気持が安定し、心穏やかに意欲をもって子どもと向き合えるのだと思います。

 「子どもに、たくましさ(自主性)と、やさしさ(思いやり)を育む」ことは、現代の爛熟消費社会では、難しいことです。男も女も「子どもが育つ」には、どんな環境が必要なのかや、大人としてすべきことを自分の課題として受け止めることが第1歩でしょう。そして、決して思い通りにはならない子どもの日常を受け止められる『懐の深さ』を、お互いが支え合いながら創っていくことが求められていると思います。

 『批判ではなく理解を!現実の課題を見極められる眼を!そして、自分に何が出来るか考え行動できる勇気を!』
 女も男も、このような姿勢を持つことが、男女共同参画社会につながると確信している頃このです。

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