「心の基地になりたくて」とは


* 1993年より発行。現在('2001,12月)NO38号まで発行。

* 年4回・B5版で28ページが基本。

* 130名〜180名の参加。全道各地から。道外からも20名ほど。
書き写しや発送作業を手伝ってくださる方がいます。

投稿が中心のミニコミ誌
子育て・家族・女性の生き方・教育・子育て支援・エコロジーなど
について、井戸端会議風に語り合っています。
「書きたい人は書く、読みたい人は読む気軽に参加、子育て通信」
が合言葉で、新しい参加者の方、男性の参加、大歓迎です。

* 参加費は、1年間で、1300円です。
印刷代と郵送代の実費のみいただきます。
下記の郵便払込口座に、1300円を振り込んでください。
その年度分の(4回)子育て通信をお送りします。
途中からの参加も可。
その場合は、既に発行しているその年度分をまとめて、
送らせていただきます。


子育て通信「心の基地になりたくて」は、
平成14年(2002年)春で終了しました。
その後、このHP「ココキチねっと」を続けています。


            

〜子育て通信「心の基地になりたくて」を発行してからの8年間を振り返ってみました(2001年4月発行の36号から)〜

8年前の私≪一番熱い思いにあふれていた頃≫

* 知ってます母性あふれる語りかけ
   怒声におびえる我子ごめんね


 平成2年、夫の転勤のため仕事を辞め、8ヶ月の娘と3人で白老町に住むことになった。引越しのかたづけや子育てに一息ついた頃、娘が1歳半くらいの頃だったろうか。なんだか、時々これと言った理由もないのにイライラしてくる自分に気付くことがあった。子どもにはいつも笑顔で接したいと強く心で言い聞かせていたのに。

* 「今冬もハワイ」と告げる友人に
   母性神話をつきつけたくなる


  「あの人がうらやましい」と誰かを妬ましく思っている時は、同時に、その人の欠点をあげつらいたくなっているもの。
 共働きで子育てもがんばっている大好きな友人に対して、そんな思いをもってしまった自分に気付いて、愕然とした私。

* いとし子を車に乗せて見る夕日
 しぼんだ風船になったような日


 今でも忘れられない秋の夕暮れ。検診か予防接種の帰りだったと思う。さっきお世話になったいきいきと働く保健婦さんがまぶしかった。
 帰宅途中の車の中で、夕日をまぶしく感じながら「私、あと10年したら何してるんだろう」と考えた。仕事には戻れない・子どもは自立していく・私は?わ・た・し・は?
 その時感じた感覚は一生忘れないと思う。ヒューと、空気が抜けたしぼんだ風船に自分がなってしまったように感じた。きれいな夕日、愛しいわが子、なのになのに、何故?

* 他人のことうらやむ心の重さより
    自分で進もう先見えぬとも


 友人を妬んだり,自分がみじめに思えたりする。そんな日々がイヤだった。重たかった。でもどうしていいのかわからなかった。
 何をしたいの?何ができるの?子どもも小さいのに。しっかり育てたいのに。子どものしぐさや成長が楽しいのもうそじゃあない。でも、でも、今何かしたい。今から始めないと何も出来なくなるんじゃあないか。
 その時、一番したかったことが、誰かに(社会に?関係者に?)子育て中の母親の現状を伝えること。どうやって?書くことしかないよね。
 それまでただの1度もしたことがないのに、新聞の投稿欄に敏感になり、応募できそうなエッセイや論文(作文)の情報にアンテナをはった。
 そして、書いたものは入選しようがしまいが、とにかく誰かに読んでほしかった。その頃読んでくださったのが、野口先生(たまたま夫の同僚)や論文入賞のことを取材しに来てくれた地元の新聞記者さんだった。私は、とにかく図々しかった。「読んでいただけませんか」………    断られたって失う何物も持っていない私は、身軽だった。伝えたい意欲にあふれていた。

*思春期の子どもに怒り嘆くより
  土台づくりをみんなでしたくて


一方で、こんな思いもあった。
ほんの数ヶ月前まで、小学校の教員だった私は、一人一人の子どもの心の発達がそれぞれであまりに違うことに驚いていた。「人間好きかどうか」
そして、人間に対する基本的な信頼感を育むためには、親(その時は、はは親にしか目が向いていなかった)が、愛情深く子どもに接することが一番で、それができていない親にたいして、「もっとしっかりしてよ!」と思っていた。
ところが、自分が親になってまわりを見渡してみると、どんな性格の親でも、気持が落ち込みやすい状況にあることに気づいた。このことを、当事者以外の人に知ってもらいたい・・・・もらわなきゃ・・・・思春期以降の子ども達を嘆きながら対処療法していても、あまり効果はないような気がする・・・・・。

* 思いきり「私はここにいますよ」と
     叫びたかった発行記念日

 1993年4月。育児サークルの必要性を訴えた懸賞論文で入賞して得た賞金を元手に(子どもじみているけれど、どうしても自分のお金で始めたかった)子育て通信第1号発行。コンビニでコピーして、茶封筒に詰めこむ。
 その日まで1年間悩んだ。こんなことして変な人だと思われるだろうな。「何あの人えらそーに」「だんなさんがかわいそう」「そんな立派な子育てしてんの?」…………………
 でも、でもいいんだ。悩んでモンモンとして人をうらやむ自分は、たまらないもの。それに、それにさ、こんなの発行したって、続けられるとも限らないし、「悪いことじゃあないんだから、やってみていいじゃん!」………自分で自分を励ました。

母親の姿≪現状は、当事者にしかわからない≫

* 「中谷さん、私たたいてしまうんです」
     0・1・2才と暮らす現実


 通信を始めて3年目の頃。〇・1・2才児を連れたママが我が家に遊びに来てくれた。「中谷さん、通信でなるべく怒らないでしつけようって書かれてますよね。でも私………」と涙ぐむ彼女。
その理由はすぐにわかった。〇歳の子のおむつを取り替えようとしたら、1才の子がおんぶさってくる。2才の子は羨ましくて1才の子をたたく・ける。どんな言葉がけをしたって事態は変わらない。
 その家庭は、お父さんがほとんど不在の核家族。24時間、子どもと4人きりで暮らす現実をきっちり理解してくれる人はどれだけいるかな?「昔の母親は偉かった」ってそうかもしれないけれど、今の母親は未熟なんだけれど、昔と今では、大変さの質が違うんでないのかな。
 この頃から「お母さんにだけ子育て頑張ろう」って言うことは、かえってよくないと考えるようになった。母親には共感と安心の場を!説教より手助けの手を!他の大人は、子どもへの関心を!

* 同じ人?般若の面で子に接す
   はじける笑顔で客に接す


 育児サークルで1,2度会ったことのあるママで、気になるママがいた。1歳代のよちよち歩きの男の子の行動全てがイラつくようだった。その気持を人前でも隠せないほど辛そうだった。 
 散歩途中の道端やお店で会った時も、いつも子どもを見つめる顔は、眉間にしわがあった。色白で日本美人の彼女の顔は般若の面のように見え、なんとか声を掛けたいと、お節介おばさんは思っていた。
 それから1、2年してから、あるお店で店員さんとして働いている彼女に会った。1度目はわからなかった。「どこかで見たことのある人だなあ」2度目に気付いた。あっ、あのママだ。てきぱきいきいき、ていねいに接客する姿、はじける笑顔の彼女。眉間のしわもなくなり、はつらつしたママだ。きっと仕事が終わって,幼稚園や保育園に迎えにいった時もこの笑顔を子どもに向けるのだろう。
 
* 厚底で金髪のママが棚の前
  迷って悩んで選んだ絵本


 「今の若いお母さんたちは、自分の都合ばかりで子どもを大事にしない」……………世間の母親批判を聞くと、多少の自省はするものの、いつも弁護したくなる。
 厚い底の靴で金髪のママが、何分も本屋の子どもの本の本棚の前に立ちすくんでいる。どの本を選んで良いのか迷っている様子だが、絵本を開くわけでもない、ただ表紙を目で追っている。時々、走り回っている我子をどなりつけながら。
 「子どもには絵本のよみきかせが、いいですよ。」とどこかで聞いたのだろう。お節介なおばさんは、すぐにでも「これとこれがお勧めよ」と声を掛けたくなる。いや、まてまて、それはできないよね。応援したいなー。どうにかならないかなあ。

* いじめてる?いじめられてる?うちの子が
まさかやっぱり「誰か聞いてよ」

 子育ても、子どもが就園・就学すると、ぐっと楽になる。なんと言っても、1人でいられる時間ができるのだから…。
 でも、子どもが新しい人とのつながりを外で経験するのだから、時々?たまあに?、親として腹をすえて取り組むべき悩みにもでくわす。そんな時、子どもの心の揺れをしっかり受けとめて癒してあげたい母親にとって、1人でのりこえるのは難しい。
 みんな願っていることは、夫にはなしを聞いてもらいたい…ということではないかな。

結構悩んでもきました≪自分の未熟さゆえにね≫

* 「良い家族聞けばどんどん落ちこむの」
  傷つけた人の数におびえる


南部先生の講演会を企画した時だったか。
お誘いのチラシを持ってある方を訪ねたときのこと。「私、他人に子育てのことあれこれ言われるのいやなんです!迷うし悩むから!」
 何か積もる思いがあったのだろう。激しく一喝されてしまった。………ああ、そうなんだ、そうだったんだ。私が知らないだけで…
 「良い母親良い家族の話し、聞けばどんどん落ちこむの」そういって苦笑いした人もいたよなあ。私のしていることは、母親を苦しめることなのかもしれない。

* 「自立した市民と協働」本当に?
   生意気な女と言われてまでも

 今はそんなこと気にもならないけれど。
 まちづくりにかかわるようになって、夜の会議に出席したり新聞にも載ったりし始めた頃。まじめな男性諸氏に何人にも言われたもんです。
「主婦の仕事、ちゃんとしてますかー?」時には人目もはばからぬ大きな声で。
 心の中で言い返していたよ。「あんたに言われたくないよー。内のだんなに言われるんなら聞くけどね」へらへら笑顔を作りながら、心の中はどしゃぶりだったな。
 こんなことも聞かれたよ。「00党なんですか?」おいおい、どうしてそんなレッテル貼るの?そうしないと不安なのかい?私は、自分の頭で考えてできることを行動してるだけ。

* 来世では聖子のように生きてみたい
       家族論じる我の本性


 人間、いろんな面があるということで。

* 「そんなことないよ」と言ってくれた友
  あなたが聞いてくれた8年

 ここで紹介したように、「いつも前向きで行動的な中谷さん」の正体は、自分でしでかした行為の結果を、ちまちま気にする、人に助けを求める、依存心の強い人間です。
 だから、「そんなことないよ」と言ってくれた友人と、しょーもないはなしを聞いてくれる夫がいてくれたおかげで続いた8年間なのです。

* 「薄謝です」いただく瞬間指先の
   厚みが気になる欲のかたまり


 一昨年、昨年と、講演会やフォーラムではなしをさせていただく機会が増えました。
 人間の(私の)欲は、相当のもの。お恥ずかしい限りです。でもね、専業主婦になってから、自分で稼いだお金をいただけることのうれしいことうれしいこと。

* 乳飲み子と我が家訪ねた若ママに
「いつも何してる?」問うたおばさん


 今年の1月。子育て応援ブック『ラブラブパパ』を手伝ってくれた二人のパパの奥さんと子どもさんに遊びに来てもらったときのこと。
 2人とも〇歳児の子育て中。なのになのに、私はこう聞いてしまった。「毎日、何してるの?」
シーン………ガーン………あっ、そうだった。
子どもが〇歳の頃って、自分の時間が1日のうちで30分もないくらいだったんだ。
 こんなに子育て中のママの気持から離れてしまったら、もう通信は続けられないかなー.

通信とともに

*「母親が悪い」と思っていた私
  懺悔しながら綴りつづける


「中谷さん、どうしてそんなに一生懸命書けるの?」と度々聞かれたことがある。投稿してくれる親の気持に共感して・・・・。書くことでその人の言いたかったことがよくみえるから・・・。いろんな理由があるけれど、自分が教員時代「子どもが悪いのは母親のせいだ」と思っていたことへの懺悔かな?
ここを伝えて、みんなの力を借りなくっちゃ、変わっていかないんでないかい?

* 家事全般きらいなくせにしてる時
  湧いて出てくるいろんな発想


 特に、水仕事をしている時、どんどん湧いてくるの。流し洗いの時が1番かな。
「新しい企画のほとんどは、茶碗洗いの時生まれた」と言っても過言ではないかも。

* テレビ欄、生活面から社会面、
    政治面へと広がる視点


 自慢じゃないけれど、結婚するまで新聞をとっていませんでした。子どもが授かるまでテレビ欄しか読みませんでした。それから少しずつ広がって、そこそこの社会の動きがわかるようになったのは、30歳を過ぎてから。この頃から、やっと大人になれたのかな?

* あっち側にふれた振り子を戻すため
  ちょっぴり入る力がこっちに


 これは、以前室蘭で聞いた落合恵子さんの講演会の中で聞いて、忘れられない表現。
「女性が力をつけてきた。もう十分付けている。これ以上付けてどうするんだ」こんな声が聞かれます。
 私も以前、父親版で、性暴力について語った時など、相当に力んでしまい、読者の男性から怖がられたようです。
 でも、やっぱり力が入ってしまうんですよねえ。あっちに触れていた時間のほうが長いからついついこっちの方に力がね。

* 小冊子3冊作って知ることは
   他者の思考と我の思考と


 いろんな人の力を借りて、この5ヶ月間で3冊の小冊子を発行しました。
 「子育て支援・してほしいことしたいこと」
 「子育て支援団体PR情報誌・ギュ」
 「お父さんの子育て応援ブック・ラブラブパパ」
 一番学んだことは、人それぞれ、求めていること、気づくことが違うんだということ。
 当たり前のことだけれどね。

この頃の私・これからの私
≪カッコよくきめすぎかしら≫


* 早口のはなしを終えるたびごとに
    涙こらえるママ愛しくて


 講師としてお邪魔した先で、聞いてくれた若ママが、通信への投稿文などに共感して涙をこらえている姿。………もう、走り寄って抱きしめたい私。
「あなたのその気持ち、必ず他の立場の人に伝えるよ!」って
心に誓っている私がいます。

* いつのまに「すがりたい」より
 「守りたい」気持勝ってミレニアム


 中島みゆきの歌で『誕生』というのを知っていますか。その歌詞の中にいくつも好きなフレーズがあるのです。
「1人でも私は生きられるけど、でも誰かとならば人生ははるかにちがう」とか
「すがりたい誰かを失うたびに、誰かを守りたい私になるの」去年から今年にかけて、そんな気持が強くなっている気がします。

* 子育てと男女平等参画を
 同時に支える日常ゆめみて

 一緒に,ゆめを追いかけませんか?

* 公共をつくる勇気を集めよう!
 誰かに強制されるのやだから


 「自分さえよけりゃ良い」って感じで生きているように見える若者が多いです。だからなのでしょう。愛国心を育てること、奉仕の心を身につけさせることで、日本人としての誇りをもち、よき日本国をつくっていく人間を育てよう!という考えが、強い口調で語られています。
 日本という国が大事だから、他人を思いやり、みんなが暮らしやすい社会(地域)をつくっていくのかなあ。
 自分が大事・家族が大事・自分につながるすべての人や自然がかけがいのない存在だから、他人を思いやり、みんなが暮らしやすい社会をつくっていくんだ、そんな人が集まっている日本という国がすきだ・誇りに思う…と考えた方が、私には自然なんですが。みなさんは、どうですか?
 ただ、これまで私達は、大人としてあまりにも受身だった、人任せだった。他人を思いやりみんなが暮らしやすい社会を誰かがつくってくれるだろう、それよりも自分の生活、自分の欲望。そうなってしまっていたのだと思う。
 それは変えていかなくちゃね。自分の出来ることで良い、まじめに働くこと・家族を大事にすること・ボランティアすること・寄付すること・よく考えて選挙すること・日常の中で政治や社会のこともっと話題にすること。
   公共をつくる勇気を集めませんか。

* 9年目「心の基地になりたくて」
 あなたのおもいぶつけてほしい


 ずいぶん長々と、私のしめっぽい愚痴からこれからの願いまで書いてしまいました。最後まで読んでくれてありがとう。
 9年目の通信では、子育て・子育て支援・男女平等参画はもちろんのこと、大人として議論すべきことも話題にしていきたいな。
 みなさんもぜひ、あなたの思いをぶつける場として活用してくださいね。投稿・お便り、待っています。

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