『しつけってなんだろうアンケート』
(子育て通信父親版NO12号より1999年3月発行)

アンケートの設問
@ あなたの年齢は?
A 子どもさんの年齢は?
B 子育ては、楽しい?つらい?
C Bの理由は?
D 「しつけ」我が子に厳しいほう?
E 「しつけ」今、悩んでいることは?
F これまで、最も悩んだことは?
G 「しつけ」をする時、体罰しますか?
H 「しつけ」と体罰について、どう考えますか?
I 「しつけ」これまでうまくいったことは?
J 他の子どもの「しつけ」で気になることは?
K あなたが、子どもだった頃受けた「しつけ」について
  あなたの親は?
L Kについて、よかったこと、いやだったことは?

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ペンネーム 父親版投稿1号・吟遊詩人
@ 47歳
A 16歳・12歳
B どちらかというと楽しい
C 自分の子どもの時と比較すると、思いだし苦笑いしてしまう。この父親を見て育ったこの息子達は、どんな大人になり,どんな友を得,もし結婚するとしたらどんな嫁さんがくるのだろう。子を育てていると言う実感はないが、でも僕は彼らの父親なんだ。
D わからない
E 長男の世の中に通用しない屁理屈。次男の挨拶の不得意なこと。
F このままでは、父親と同じ弱い男になってしまうということは、たびたびある。具体的には、たくさんありすぎて書き尽くせない。
G 時々使う(今までに3,4回)
H 体罰についての良し悪しは、簡単に言えないが、やられる側にとっては、そのことはずっと忘れない。それが、ほろ苦い思い出となるくらいなら良いが、心の傷になることもある。
I あると思うのだが、浮かんでこない。
J あいさつ・ていねい語が、出来ない子どもさんが、少なからずいる。
K わからない
L oooしないと、またはoooすると、oo君みたいになっちゃうよ。と具体的な名前を挙げて小言を言われたこと。これは、非常に良くない。

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白老町 山男さん
@ 44歳
A 11歳、9歳
B どちらかというと楽しい
C 子どもとの会話など、コミュニケーションの楽しさ。
 子どもと遊ぶことの楽しさ(たまにしか、遊べないが…)
D どちらかというと、きびしくない
E 叱り方について…ついつい大きな声で怒鳴ってしまう。親の話しに集中さえるにはどうしたらいいか。下の女の子は、親の話しをそらすのが、うまい。
G 使わない
H 体罰はしつけの方法としては、いけないことだと思うが、絶対だめと言えるかどうか自分の頭の中では、整理できていない。(子育て理論などで、否定している内容はよくわかるが…)
I いじめを行う立場にならないと、子どもが思っていること。また、いじめられたら親は見方なので、すぐ話すように言っている事。(小1の時、クラスでいじめがあり、それをきっかけとして いじめについては家庭でよくはなしているからかと思う)
K どちらかというときびしい
Lいやだったこと…父親から、大きな声で(威圧的に)しかられること

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  旭川市  きらら397さん
@ 43歳
A 10歳、7歳
B どちらかというと楽しい
C 時間的に充分かかわれないこともあり、又父親としては、子どもとの遊びを通してということが多いでしょう。(夜・休日など)もちろん、その中でいらいらすることもありますが、振り返って『楽しかった』と思えれば、それでいいと思います。
D わからない
E 『人にやさしく』と思い対応していますが、気持がやさしすぎるのか 気が弱いだけなのか、相手にちょっかいを出された時、相手もいじめているつもりはないのでですが「いやだ」と言えずに、自分の心に押し込んでしまう。「はっきり言いなさい」と言っても、それも出来ない気持がよくわかるだけに 負けないでほしいと願っています。
F 自主性・自立性をつけさせたいと思いつつも、どこかで(過?)保護する体制をつくってしまう…という、周りの姿勢が一貫していない。
G ときどき使う
H 「たたく」「つねる」という行為だけを指して『体罰』というなら、それは少し違うのではないかと考えています。日常的に親の感情だけで行うことは、皆さんが言う『体罰』かもしれませんが、親として『しつけ』の方法の中にあってもかまわないと思います。もちろん、全て力で抑えつけるなんて馬鹿なことをいっているわけではありません。「心の基地になりたくて」のアンケートの回答にあった、親としてのけじめと言われた方に共鳴します。問題は、その行為そのものではなく その時の気持のかかわり方だと思います。
I 夫婦のお互いの考えがわかっていることが、子どもにとっても安心感があるのだと思います。おやつの時間を決めたり、夜のテレビの範囲を決めたりするのも「我慢」することを教えるのに役立ったと考えています。ほしいものを買ってもらえない時の子どもの姿を見るのも、つらく・せつないものですが、それを我慢する親にしてくれたことも ありがたいことです。
J 授業参観や行事のお手伝いの説明会・子どもと一緒の体験学習会など、どこへ行っても必ず後ろの方でお喋りをしている親がいます。「これじゃあしょうがねえや」と思ってしまいます。しつけ以前の問題です。子どもは10人10色、挨拶をできる子も、できない子もいます。しなきゃいけないのはわかっているけれど、恥ずかしい…とおもってくれればいい。にぎやかな子どもを見ると、うらやましいと思う一面もあります。
K わからない
L 我が家は田舎で貧しかったので、母親が出面(わかりますか?)に行って家計を助けていました。そこでもらってきたりんごやお菓子を 4人の兄弟で分けて食べていました。そういう生活なのに父親は仕事を(自営)ろくにせず、徹夜マージャンに行ってばかりと言う利己主義的な面もあり、(という思いが強い)しつけられたという思いはありません。母もそんな生活で余裕はなかったのかも。学校の牛乳代がなく、何度も忘れたふりをしたり、向かいの家にテレビをみせてもらいに行く生活の中で我慢することを教えられたのかなと、思います。中学から高校時代はいやで、家を出たいとも思いましたが、4人の子どもを育てたその親が居て今の自分があると思えば、同居中の親に「出ていけ」とは言えないですね。妻には苦労をかけていますが…。

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  ペンネーム  ラッキー
@ 41歳
A 9歳・6歳
B どちらかというと楽しい
C 子どもの成長を見るのは、やはり楽しみです。
D どちらかというときびしくない
E とくになし
F 朝のしたくが遅いので、ガミガミ言ったら 登校拒否された時(小学年生の時)
G 時々使ったが、今は使わない
H 体罰が犯罪と言われれば、できない
I 一緒に遊んでやって、時々ほめれば、単純な息子たちは機嫌がいい
Kどちらかというときびしくない
L父親は厳しかった(年に何回かしか怒られなかった)が、母親に怒られた記憶はない。
 今みたいに毎日毎日小さなことでも注意されていたら、子どもは大変だろうなと思います

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  北広島市 スヌーピーさん
@ 39歳
A 12歳・7歳・3歳
B わからない
C 楽しかったり、つらかったり、悲しい思いをしたり、嬉しくなったり、励まされたり、情けなかったり、腹が立ったりしながら育てています。総合して楽しむように心がけていますが、一概に『楽しい』とは、言えません。
D どちらかというと、きびしい
E 上の子が小学校6年生ですが、悩んでいることはありません。自分の子だから「こんなもん」だと思っている。
F 「こんなもん」でやってますから、特にありません。
G ときどき使う
H 体罰で物事を教え込んだり、思うように言うことを聞かせたりするのは、絶対良くないことですが、つい感情的になって手が出てしまうのです。
I とにかく、話して聞かせる。話し合う。子どもの意見を聞いてあげる。今までこれといって、うまくいったとかは思い浮かばない。
J それぞれの家庭での「しつけ」があると思うので、気にはならない。しかし、関心はあります。具体的な例は思いつきませんが、親の顔が見たくなることがあります。中高生を見ていると…
K きびしい
L 子どもには自分のペースが、あると思います。ああせい、こうせい言われると、めげてしまうことがあった。ビシビシたたかれた。高校卒業する頃までは、「おやじ」が、この世で一番怖かった。けむたかった。そうならないよう努力していますが、子どもに媚びたりもしたくない。

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  ペンネーム  おにろく
@ 37歳
A 9歳・4歳
B どちらかというとつらい
C 子育てという行為それ自体親の責務であり、好むと好まざるとにかかわらずしないわけにいかない。少々辛くても無理してやっている。自分のしたいことをしないで子育てを優先している。大事なのは楽しいかどうかではなく、親としてどれだけ自己犠牲を払えるか…だと思う。それでも、子どもがかわいい、喜ぶ顔が見たい、成長が楽しみだという理由で、子育てから逃げずに真正面から取り組める。その結果、親にしか味わえない尊い達成感があるため、つらくても救われる。
D どちらかというときびしくない
E 子どもが、親に言われないとしないことが、多い。毎日同じことの繰り返しでも
 定刻までにできなかったり、しわすれたり、自分で気づいて成し遂げることができ
 ない。どうしたら、自己管理能力が身につくのか。
F 小学1年から3年。忘れ物が多く、学校からのプリント(連絡事項)を親に見せなかったり、教材の用意を忘れたりと、すべて親任せなところがある。
G 使わない
H 体罰は恐怖心をうえつけ、子育てにつながらない。学校という管理社会で、教師が高圧的にしかしつけを教えられない場合以外、体罰は存在しないはず。つまり、家庭には無縁のもの。
I できないことを箇条書きにして紙に貼り、自主的に取り組ませた。(帰宅してから必ずすること、例えば、給食袋のかたづけや宿題など)親が子どもを信頼している気持が伝わったから出来たのだと思う。
J わからない
K どちらかというときびしくない
L 子育てとしつけは、全く違うものだと思う。子育ては、子どもの個性を尊重し、人間として人間らしく育てる本質論的意味合いがあると思う。一方しつけは、生活習慣や礼儀作法など組織に慣れさせ、社会に順応させるための技術論的なものだと思う。したがって、子育てはしつけ以前のもので、親にしかできないものだが、しつけは親以外の社会的要因(保育園・幼稚園・学校など)のほか、子ども自身の力によるところが大きいと思う。その力を養うためには、しつけ以前の子育てを大事にしなければいけないと思う。

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  ペンネーム  アントニオ猪木さん
@ 35歳
A 9歳・6歳・4さい
B どちらかというと楽しい
C 特に育てているという意識はないので。成長する姿、精神の発達を見てゆくのは親として楽しい。
D どちらかというときびしくない
E 悩んでいることはないが、「楽しく充実した・していた」という年頃を送ってほしい。(自分が今、自分のことをそう思っているから)
F 発達段階に応じた「しつけ」(?)で、妻と意見の相違がたまにあり、面白くないと感じたことも。
G ときどき使う
H 冷静になって、どんどんやってもよい。それで、親の意思が確実に伝わるならば…これがないとダメ
I 性教育を これからうまくしたい
J 自分の子とは違うところがたくさんあり、戸惑うことも多いが、ほめるところはほめ、しかるところはしかってやりたい
K どちらかというときびしい
L とくに母親には、怒られていた記憶しかなく、物もろくに買ってもらえなかった。しかしこれも、予備校・大学・社会人と家を離れるようになってから180度回転。こんな「しつけ」もあるんだなと、今はとても好きな人の一人です。    

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ペンネーム TOSHIさん
@28歳
A2歳10ヶ月・1歳6ヶ月
B楽しい
C「日一日と成長していく子供たちの姿に、子育ての喜びと楽しさを感じる。保育所への登所などは、時間通り出発するために毎朝が戦争のよう。成長とともに「このやろう」と思うことも増えてくるが、子育ての楽しさは、はるかにそれに勝る。」
D「わからない」(厳しい、厳しくないの判断基準がわからない)
E特に深刻な悩み事はないが、上の男の子がどうも強情張り。「これ」と決めると絶対に譲らない。言って聞かせれば納得するケースも増えてきているが、「ダメなものはダメ」を親からの一方的な押しつけでなく、どう理解させればよいのかと考えることがある。一定の年齢になるとわかると思うのだが・・・。
F上の子のトイレトレーニング。3月の早生まれのため、保育所の同級生の中ではまだ赤ちゃん。周りに合わせて早々と保育園でトイレトレーニングが始まり、家庭でも試みたが、保育所で成功しても家ではなかなか成功せず。意識的にトイレを教えてくれないような面も見られた。時期的に早いトレーニング開始だったため、パンツに漏らしてしまったときにどう対処すればいいのか、戸惑った時期があった。何がきっかけになったのか、最近はほとんど失敗しなくなった。
G「ときどき使う」
H「しつけ」と「体罰」は、一見同じように見える部分があるかもしれないが、根本的な部分で違っていると思う。「しつけ」は子を思えばこその行為であり、やはり昔から言われている「愛情の表現」が当てはまるのではないか。「体罰」は「しつけ」を理由にした「虐殺行為」と言えるのでは。いずれにしても、限度があるのは当然だが、確かに線引きは難しい。違いは子を思う親の心のあり方ではないか。
Iほとんど記憶にない。
J これといった例は思い出せないが、「この親はどんなしつけを受けて育ったんだ」と思ったことが何度かあった。
K「分からない」
L小学校、中学校時代、母親にはよく叩かれていたが、父親には叱られることはあっても、殴られたことはなかった。特に、中学時代に悪さが目立った時期があり、いつ殴られてもおかしくない状況で覚悟を決めていても、寸前で手を上げられることはなかった。しかし、父親が決して甘かったわけではなく、父親の怖さというか威厳のようなものは十分に伝わってきた。どんなに殴りたくなっても、殴ることをしない父親 の姿に「こんなに悪さをしても、自分を信用してくれているんだ」という思いを感じ、自分は考えを改めた。そんな経験から、子供に手を上げることだけが、「しつけ」ではないと確信している。

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