子育てママが地域をつくる

〜平成11年に行われた(財)北海道市町村振興協会設立20周年記念事業の『政策論文コンテスト』で、優秀賞をいただきました。身のほど知らずと思いながらもうれしくてうれしくて・・・。ところが、授賞式の前に馬鹿なことをして足を骨折し、出席できませんでした。その時に届けたお礼のメッセージから、お読みいただけると幸いです。〜


≪お礼のメッセージ≫************

みなさま、こんにちは。
わたくし白老町に住んでおります 中谷と申します。
本日は、私事で出席できず、申し訳ございません。

この度は「政策コンテスト」において、優秀賞という身に余る賞をいただいて
恐縮しております。本当にありがとうございました。
お読みいただくとわかる通りの拙い文章ですが、「子育て中の女性が、
21世紀の地域づくりの主体者に育ってほしい」という願いに、
審査委員の方が共感してくださったことを 大変嬉しく思います。

私は、白老町に住んで十年足らずですが、白老町が大好きです。
「何故だろう」と自問してみますと、次の3つが浮かんできました。
1つ目は、自分が関心のある問題について、学び合える仲間がいること。
2つ目は、学んだことを表現する場が保障されていること。
3つ目は、役場の方など、立場の違う方ともあたたかいつながりをもてている
こと。です。

まちづくりは、人づくりとつながりづくりであり、
それは、学び合いによって育まれると言われています。
私の知り合った多くの子育てママは、「人とのつながりの中で安心して
子育てできるまちづくり」に強い問題意識をもっています。
その問題意識を、エゴではなく、公共性を持ったまちづくりの課題に
高めるために、支援していただけたらと考えました。
それは、『学びの場・集いの場・表現の場を保障すること』で、
可能になると思います。

少子・高齢化や環境の問題は、生活者自身が、問題を自覚して
「解決のために出来ることから行動しよう」と自発的に参画することが望まれます。その主役になるのが、「子育てママ」だとおもうのです。
そのための支援策を 出来ることからはじめていただくことをお願いいたしまして、わたくしのお礼の言葉と、させていただきます。
ありがとうございました。

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子育てママが地域をつくる      中谷通恵

1 はじめに
今から三年前、白老町で「北海道自治体学会」の全道集会が開催された。当時、育児サークルの活動や子育てに関するミニコミ誌を発行していた私は、自治体学会の会員である白老町役場の職員の方に「実行委員になってもらえませんか」と声をかけられた。下の子が幼稚園に入園し、何年ぶりに手に入れた自分だけの時間が嬉しくて、「外の空気が吸える」という理由で、実行委員を引き受けた。
ある日の実行委員の研修会で、北海道大学教授(当時)の森啓先生の話を聞く機会に恵まれた。「まちづくりの行動・実践にかかわる中で、『住民』が公共性を体得して『市民』ヘと成長していく。それが、『まちづくり』です。」
この話に大きな衝撃を受け、示唆を与えられたと感じた。

その頃の私は、多くの人とつながりをもち始め、自分達の不全感と他の人の不全感の原因が同じであることに気づいたり、行政の方など立場の違う人と語り合う中で、小さな成功体験を積んでいた時だった。だから、森先生の話を間いて「私達のしている活動も『まちづくり』の一つなのだ。」と初めて気づいた。それまでは「まちづくり」というのは、地元の商工関係者が町の活性化のためにイベント等をおこなうことだという認識しかなかった。そして、私自身の中で「公共性を体得して、『市民』として成長したい」という思いが、湧いてきたのである。

20代の頃は、新間も読まず・選挙にも無関心で、専ら自分の欲(仕事・収入等)にしか心が動かなかった私。それが、子どもを授かって変わった。子育てをすることで、「自分がよい生活を」から「みんなでよい生活を」したいと願うようになった。社会や環境に関心が向けられ、問題意識がどんどんふくらむ。その問題意識と「どうにかしたい」という思いが重なるのに加えて、少子化の影響で「人とつながりたい」と切望していた。子育ての経験を通して、学びたい・つながりたい・地域や社会とかかわりたいという思いが醸成されたのではないだろうか。

まちづくりは、人づくりとつながりづくりであり、それは学び合いによって育まれると言われる。その過程は、まさに私の経験したことであり、多くの「子育てママ」と共有したことである。
まちづくりは、「しなければならない」からするのではなく、「せずにはいられない」という自発性によって可能になるのだと思う。だとすれば、社会に関心が向き「どうにかしたい」という強烈な動機(問題意識)をもった「子育てママ」を生かさない手はない。子どもをもつ女性が一生の中で、「住民」から「市民」ヘと成長する大きな可能性は、「子育て中にある」と確信している。少々乱暴かもしれないが、まちづくりの担い手を育てたければ、「子育てママを狙え」と訴えたいのである。
この論文では、「子育てママ」が、地域づくりの主体者として公共性を体得するには、どのようなしくみが有効であるかを、私が出会った多くの女性に教わったことを基に、考察していきたい。

2 「子育てママ」がもつ問題意識

子育て通信「心の基地になりたくて」という投稿が中心のミニコミ誌を発行して7年になる。この間、全道各地の500名以上の母親と知り合いになった。
ここでは、通信への投稿や私への手紙の中がら、「子育てママ」が抱えている問題意識を紹介しまちづくりの主体者(市民)になりうる可能性を探りたい。

(1)価値観の変化・環境問題への関心
「混迷の時代で、何が本物なのか、私だけでなく、(ウーン、勤めていた時は考えもしなかった。妊娠したあたりからキチンと考えはじめましたんで。)きっと、たくさんの主婦が女性としてホントの社会参加をしはじめてるんだと思います。すぐに何かが変わったり、誰かが世界を救うんじゃないし、自分の周りでできることをやればいいとアクションしていると思います。今の時点での答えしか探せないでいます。とにかくイタズラに不安がってばかりじゃ進まないし、何も変えられないと思います。近くの人一人一人と絆を結んでいくこと、できることからスタートしました。出産も、そんな意味で、自宅出産を試みてみた。お互いの生の慈しみ…家族から…。」(S市の3児の母親より私宛のEメールより(一部抜粋)

「わが家の環境対策は、あまり大きな事ではないのですができるだけゴミを出さないようにすることです。空缶、びん、新聞はもとより紙という紙はすべてリサイクルに出しています。以前住んでいたK市は分別収集が当たり前で、当時(10年位前)からビン等も回収していました。こちらに引越して分別収集はないし、資源ごみの回収はないし、最初は分別しなくて楽だぁなんて思っていたのですがだんだん不安になってきました。こちらでもようやく昨年から資源ごみの回収を行うようになりました。リサイクルできないごみは、ごみ自体をなるべく増やさないように気をつけています。」(通信25号より抜粋)

子育てを通して、子どもをとりまく環境のことに強く関心を持ち、自分の生活を見つめ直している「子育てママ」である。21世紀の地方自治体では、環境問題・少子高齢化問題への対応として、重要な政策を講じなければならない。その際、解決に向けては、生活者の視点を欠くことはできない。現実に目を向けると、地域の中で生活する時問の長いのは、高齢者と子育てママである。彼らは意識していなくても、彼らの話をていねいに聞き取ることが自治体の大切な仕事となるのではないか。

(2)つながりをもとめる
「親として成長…してないなぁと思います。でも少しだけ『変わったかな』というのが、
@自分がかつて味わった苦しみを今味わっている人達に手を賃したい。
A子どもが育っていく場を、他の人達と一緒につくりたい。
と思うようになったことです。子どもを持つまでは、自分一人の努力でなんとかなったけれど、子どもを持ってみると、『助けたり、助けられたり』の人間関係の大切さをしみじみと感じています。」
「いつも、『一人で頑張っちゃお。弱みなんて人には見せられない』で独身時代を通してきた。でもそれって、人と人が一緒に生活する為には通用しないんだってことが、初めての子育てでようく解りました。一人で頑張ったって子どもは思い通りに育つものでもないし、自分一人が気張ったって、家族の歯車が合わなくなってしまうんですよね。」(2つとも、通信・号外版より抜粋)

「ハンディを持った人も持たない人も、老人も子どももみんな平等の人間として生きていける場所。他人を受け入れる心とほんの少しの勇気があればそれほど難しいことではないとは、頭ではわかっていました。人と比べ自分の立場を決めていた私でしたが、こんなことをして一時的に優越感にひたっていても、そのすぐ後に虚しさが残りました。自分がかわいいと思うように、他人も愛せばすてきな世の中になるのにとこの頃思います。どうせ変わりっこないんだ、この世の中。と考えずに、私は私のできることから始めようと思っています。」(通信22号より抜粋)

経済・功利優先の競争社会の中で育ってきた「子育てママ」達。人に助けられたり、自分が人の為になれるということを「子育て」を通して初めて実感した人が多い。それゆえ、子育て中こそ、人とのつながりを強く求め、そこに生きる喜びを見い出すことができるのである。

(3)行政の仕事に関心をもつ
「私は以前Y町に住んでいたのですが、Y町はサークルもなく子育て支援的なこともなかったです。主人の転勤で新しい土地であるN村に引越しました。今のここN村では、子育てサークルが今年7月発足し、あと村の事業で子育て支援があり、保育所に子育て支援センターの部屋があります。−中略−つまりとっても充実していて自分の都合にあわせながら利用できてすごく良いのです。子どもにとってもお友達と遊べる機会が多々あって本当に良いのです。N村に限らずT管内ではO市をはじめこのような事業がとても充実しています。やはりこのことも母親にとってすごく心の余裕のもてる要因ともなるので、Y町の時は辛い方が多かったのですが、こちらに来てからは楽しいなと思えることが多くなりました。(通信27号より抜粋)

「育児サークルの会場支援を受けたく思い、仲間と相談して保育園の担当課にいる知人のA係長の所へ。そしてその半年後、担当課長の所へ出向きました。しかしながら、結局自分の管轄の施設ならOKですが、私たちのサークルで普段使用している施設は管轄外で対応不能となり、再度出直しといった状況でした。どこの町でもある行政の縦割り構造だったのです。そこで、なかなか進展が望めないことから月に一度行われる「町政サロン」という町長と直接話をする場へサークルで出向くことにしました。‐中略‐今回行動してみて、「やはり伝えなければ伝わらない」という事がわかり、またいろいろな人の手助けに対しての感謝で胸いっばいとなりました。もし今の現状で結論が出なくても、精一杯行ったことについては満足している私です。」(通信21号より抜粋)

それまで、住民票や印鑑証明をもらいに行くだけの存在でしか意識できなかった役場が自分の抱える生活課題を解決するために大きな役割りも果たしていることに気づく。
転勤族であれば、それぞれの市町村の政策の違いも生活実感としてわかり、その自治体の長所や問題点が見えてくる。さらに、自分から仲間をつくり、行政に働きかけるという経験を通して、少しずつ公共性を体得していくのである。

以上(1)〜(3)では、かなりの紙面を使って子育てママの生の声を紹介した。それは、この論文を読んで下さる男性、特に男性の自治体職員の方に次のことを伝えたいからである。「地域をよりよくしたいという自発的な問題意識をあなたの最も身近にいる生活者である妻や娘が感じていることに気づいでいますか?」と。
住民にまちづくりへの関心をもってもらおうと考える仕事をしている自治体職員の方は、どんなに苦労されていることだろう。問題意識のない人を「まちづくりに参画しよう」と変容させるのは、不可能に近い。
だからこそ、問題意識をもっている子育てママをまちづくりに生かさないのば、もったいないと思う。
仕事を通して自己実現や地域への貢献を考えるのが、男性や働く女性に多いとしたら、子育でママは、まちづくりを通してそれを実現したいと考えている。子どもが就学する頃から女性の就業率はどんどん高くなり、女性も男性同様、昼問は地域から姿を消してしまう。地域の中で過ごす「子育てママ」は、これまで弱者と考えられてきたが、環境を整えることで、地域づくりの主体者として主役となりうるのである。

3 「子育てママ」が「市民」に成長するために
これまで、
「女性は子育てを通し、地域での生活を通し社会や環境の問題に目が開かれる。その問題意識と「人とつながりたい」「何かしたい」という思いが重なることにより、子育てママはまちづくりの主体者となる大きな可能性がある。」ことをのべた。
しかしながら、強い問題意識をもち共通の悩みをもつ者同志で励まし合っているだけでは、公共性を体得した「市民」とは言えない。限られた範囲での仲間意識は、ともするとエゴイズムに陥りやすい。自分達の主張に合わない人を排除してしまいがちだ。
では、エゴから出発する問題意識が公共性を体得するには、何が必要であろうか。どのような経験を積むことが、又、どのような環境を整えることが、「子育てママ」を「市民」ヘと成長させるのか考えてみたい。

(1)集える場をつくる
少子化の中で子育てしている母親の多くは孤独である。だからこそ自分自身でじっくり考えたり、人とのつながりを求める気持ちも強くもてるのであるが。
全てのはじまりは、「集える場」を設けることにある。北海道で乳幼児を育てる母親にとって、寒さを凌げる場所で、子どもが遊んでも気にしなくてよい場所が、自分の家以外にあることは、心のオアシスとなる。1年の半分が暖房を必要とする北海道では、母子が外出できず家の中に閉じこもり気味になる場合が非常に多い。
そのため、「育児サークル」などの名目で、どこかに「集える場所」ができた時の子育てママの喜びは、想像を絶する程である。とにかく「人に会いたい」「大人と話がしたい」のである。実際、その強い願いを原動力として「育児サークル」は8年程前から、道内各地で発足されている。その形態は、自主的に発足したもの、行政(保健福祉・社会教育等)が支援して発足しその後、自主活動へと移行したもの等様々である。
共通の悩みや問題意識をもった者が集まるので、育児サークルでつくられたネットワークの絆は強い。サークルを運営する際必要なリーダーの役割を経験することで、計画の立て方、会議の進め方、合意形成のつくり方、企画の実行等を何度も体験することができる。そのような小さな成功体験を積むことで、「自己の主張を通すこと」よりも「多くの人の希望をまとめること」に喜びを感じることができるようになる。又、一人一人が自分のできる範囲で協力することで、大きな催しが成功する経験は、人とのつながりの心地良さをあまり経験したことのない子育てママにとって大きな意味をもつ。
以上のように「集える場」があるだけで、一人の悩みを皆の悩みとしてとらえ解決していこうという公共的意識が芽生えることもある。

(2)学びあう場をつくる
個々人でもつ問題意識について、語り合う場・学びあう場を保障することは、まちづくりの始まりである。しかしながら、「子育てママ」が、じっくり語り合ったり学びあったりするのは、何らかの工夫をしなければ不可能である。なぜなら、子育ては24時間の仕事であり、子どもが幼いほど「子どもの都合に合わせること」が親の役割であるからだ。ゆっくりと自分の考えをまとめ、誰かと議論しあうことは、夢のまた夢である。
「何故、子どもが幼いうちから無理をして学ぶ必要があるのか」という疑間もあろう。しかし何度も述べたように、子どもが幼い時程、人間の生き方、社会の矛盾について等混沌としているが考えているものである。実際、子どもが就学する頃になると、社会公共的関心よりも、自由になった時間に働き自分達の暮らしを豊かにすることに関心が向きやすいようだ。つまり、働くことが難しい子どもが幼いうち程、学びの時間として有効なのである。又、ここではくわしく触れないが、専業主婦が「我子を良い子に」と狭い視野で子育てすることで、子どもに過保護・過干渉となり、それが原因で思春期の子どもに心身症的な病いが増えている事実を考えると、「子育てママ」が、社会公共的ことがらについて学ぶことは、子どもの成長にとってもプラスとなるということができる。

では、どのような工夫・しくみが必要であろうか。ここでは2つ提案したい。
1つは、「託児」付きの学びの場を保障することである。本州の先進地では、当たり前のこととなりつつあるようだが、北海道ではやっと試み始められたばかりである。行政や市民団体が企画する、子育て講演会や女性の生き方講座には、託児が付けられることが当たり前となってほしい。経費の負担が難しければ、受講者が交代で保育者になる方法や、託児ボランティアを育成する方法もある。
むしろ、経済的な問題ではなく、「子どもが幼いうちから何故そんなに無理をするのだ」という社会風潮が、学びの場づくりを難しくしているようだ。ちなみに、欧米では、「幼い子を育てている母親こそ、週に何度かは子どもから離れ、学んだり、夫婦でリフレッシュすることで、心が安定し子どもにとっても良い」という社会的合意が形成されている。

2つめの学びの場づくりへの工夫であるが、集えなくても学べる多様な手段を駆使することである。具体的には、ファックスを使っての意見交換、パソコンのメールやホームページの活用、又、子育て通信のようなミニコミ誌も有効である。これらの手段を多くの人が利用できるためには、「子育てママのためのパソコン講座」(託児付き)や、編集・発送のための場所や印刷機の賃与等が考えられる。

(3)学んだことを表現する場をつくる
さらに、学んだことを表現する場、発表する場が必要と考える。表現する場が保障されれば、自分の問題意識を、違う世代の人達に知ってもらうことが可能となる。
例えば、安全な食べ物のこと、ごみと環境のこと、子どもの遊び場のこと、子どもの心の問題、障害をもつ子の学びの場について、親世代とのコミュニケーションについて、地域での医療について、老親の介護のこと、などなど。
子育てママが学びたい項百を列挙すると、21世紀の自治体が取り組む政策そのものに思えてくる。どの問題も総論的な内容は、本や識者から学べるが、さて具体的に何をどうするかとなると、自分の住む地域抜きには考えられない。
そこで、地域に暮らす生活者が、自分の生活実感と仲間と学び合った内容を、自分というフィルターを通して整理することが必要となる。整理をするための効果的な手段として、「表現すること」が考えられる。

言葉で表すこと、他人にわかるように伝えること、言葉以外の表現方法も考えること、それは、経験を社会化することである。個人の経験が社会化されて、立場や価値観の違う人とも語り合える土壌ができていく。その過程こそが、エゴを克服し公共性を体得していくことなのではないだろうか。

「子育てママ」が表現する場をどうつくるかについて、3つ提案したい。
1つめは、まちの広報づくりの一部を任せるという方法である。例えば1年任期で、まちの広報委員として「ママ記者」を公募する。子連れOK、必要な会議には託児もつけるという条件であれば、若干の実費支給で大勢が応募すると予想される。子どもの育つ環境、バリアフリーのまち、女性の生き方、ごみや廃棄物のこと、まちのマップづくり等々、他人を誹謗中傷する内容でなければ、記事の切り口はママ記者に任せることで、ユニークな「まちづくり惰報誌」ができると思う。ママ記者が書いた記事となれば、自然と読み手のママも真剣になるだろう。ちなみに、高学歴で社会参加の意欲が高い女性が増えている現代、各種投稿誌ヘプロ顔負けの記事を書いているママ記者は大勢いる。全国各地にいるママ記者の取材が記事の中心である子育て雑誌は、業間でも売り上げトップを飾るほどである。
子連れでもOKなら、「外に出たい」「社会参加したい」という子育てママの意欲を、良い意味で、どんどん利用してほしい。

2つめは、学びの発表の場を定期的に開催することである。子育てママも含め『女性の視点でまちづくり』というような研究発表集会をこれからは小規模な町村でもどんどん開催したい。行政の支援も重要であるが、学びは自発性に支えられるものであるから、社会公共性をもった問題意識をもつ女性グループが育つことを願う。むしろ、行政の職員も一市民として、自分の興味のあるグループに一員として加わり、学びあうことが望まれる。

3つめは、表現の方法として、実際に事業をおこしたいグループに助成金等を援助することである。例えば、老人福祉を学んだグループが、町内会館の一室で、月に1・2度、お年寄りの会食の日を設ける事業を、考えたとする。まだ、NPO団体のように自分達だけで事業をおこすには力不足である。そのような場合、期間限定付きで自治体が助成金を出してくれる等の支援があれば、草の根的な支え合いのしくみが地域の中でつくられるのではないだろうか。
3めの例のように、学び合いがより具体的なまちづくりに発展していくためには、行政と市民との情報の共有が不可欠である。情報の共有のしくみが熟していく中で、政策形成過程にも「子育てママ」が参画していけるよう、学ぶこと・表現することで力をつけたいところである。

(4)男女共同参画の意識をもつ
(1)〜(3)まで、「子育てママ」が「市民」ヘと成長していくために有効と考える取り組みを提案してきた。
(4)では、それら全てを支える条件として、「地域の中で今こそ女性の社会参画が必要だという意識」「子育て中だからこそ社会にも目を向けた方がいいよという夫の意識」が必要であることを確認したい。
しかし、現実は女性に厳しいものである。しっかりとした社会公共性への関心をもった女性でも、学んだり表現する場へと一歩踏み出せないのは、「女は出すぎるな」という有言無言の圧力に抗しきれないことが理由である。
生涯学習の分野で、趣味やスポーツへの参加は奨励されても、社会性をおびた問題意識をもって活動するとなると、「出るくぎは打たれる。」出るくぎが女性の場合、長く大くなる程に、たたく方にも力が入るようである。
特に、小規模の町村においては、その圧力が強いようだ。逆に言えば、小規模の町村で圧力の弱いところでは、育児サークルに始まる女性のネットワークがはりめぐらされていて、ボランティア活動が盛んだったり、非営利事業がいくつも立ち上がっていたり、女性が起業することで地域活性化に大きな役割りを果たしていたりする。
21世紀の地方自治体においては、男女共同参画意識の成熟度が、そのまちの政策への市民の参画率を決める大きな要因となっているのではないだろうか。

4 おわりに
私が知り合った多くの人々の中で、「まちづくり」に熱心で、多くの人に受け入れられる公共性をもった人は、強い問題意識から出発していることに気づいた。他人に与えられたのではない自発的に形成された問題意識。
一方、子育てに真摯に取りくんでいる子育てママの多くも、社会性をおびた問題意識をもっていることに気づいた。
とするならば、子育てママの問題意識を公共性をもった意識に高めることができるならば、多くの町づくりの主体者を出現させられるのではないだろうか、と考えた。そして、公共性を体得するためのいくつかの方法を、ささやかではあるが提案したいと思った。

子育てママをまちづくりの主体者として育てることに意味があると考えた理由が、もう1つある。それは、子育てが一段落した女性(子育てママの数年後)らを引き受ける受け皿が、仕事としてほとんど存在しないことに起因する。現代社会システムでは、子育て以前の仕事に戻ることは、ほとんど不可能である。又、すぐそこに、老親介護の担い手にならなければならない現実もある。となれば、一時的でも可能なバート労働者となるのが一般的であった。

しかしながら、子育てを通して、集い・学び・表現する中で社会的公共性を僅かでも体得した女性は、「可能であれば、やりがいのある仕事がしたい」と切望している。特にここ数年、再び仕事(社会)に復帰する時は、社会的問題意識に少しでもかかわる仕事に就く女性が増えている。例えば、へルパーの研修を受けボランティア活動をした後に、地域の中で託老所を開くとか、障害者の小規模作業所の指導員になるとか、家事・託児を援助する活動をおこし、仲間を募る等々。
つまり、福祉を担う小規模な非営利事業(NPO)を、広い意味での再就職に選ぶ女性が増えているということである。これは、地方自治体が行財政改革の1つとして、「市民のNPO活動を支援する」という政策と合致する。しかし、自治体の職員の方には、コストが低くてすむから支援するという側面からではなく、女性が何故、収入としてあまり期待できないNPO活動に参画するのか、考えてほしい。
それは、遡って、「子育てママ」の頃から、自分の利益よりも、「人とつながりながらよりよい地域にしたい」という強い問題意識を源泉としていることに気づいてほしいのである。

子育てママのもつ問題意識は未熟でとるに足らないように見えるかもしれないが、その芽を〈集い・学び・表現する環境を整える〉ことで大きく育てて、公共性をもった市民に成長するよう見守ってほしい。「子育てママ」を「市民」に育てられる度量をもった自治体は、少子・高齢化を迎える21世紀に活力ある地域となられることだろう。


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