「ネットワーク」についての私的体験

身内がやっかいな病気になった。突然、耳がきこえなくなった。耳鼻科の病院に行った。何の問題もない、聴こえるはずだという。バカな。聴こえないから来てるのだ。
めまい、ふらつきもひどくなってくる。MRI(磁気共鳴画像)を撮った。頭の中心に5センチ大の腫瘍があった。
ショックを受ける。医学辞典に手を伸ばす。症状からして一万に一人の病気と書いてあった。絶望で一杯になった。

「一万人に一人」という言葉は人を孤独にする。しかし、だ。この国には一億人以上の人々が生きている。同じ病気を抱える人が、一万人いる計算になる。
インターネットの検索欄に病名を打ち込み、待った。いくつかの病院や医学関係のホームページとならび、同じ病気と闘う患者たちがつくるホームページがそこにあった。

病気を抱える人たちが、経験や知識を持ち寄り、自分たちが一人ひとり最善の選択をするために、客観的な情報を提供し合う。それは病気に対する「不安感」を、冷静に戦うための「リスク」に変えていこうとする場だった。

加えてそこには「モラル」があった。患者が一部の病院や医者に対して、不信感や怒りをおぼえることは珍しくない。しかし、そのホームページには非難や中傷の声は一切ない。冷静に病気とファイトするための情報にはならないからだ。

情報を提供し合う人々は、お互いの素性を知らない。しかし、薄いけれどもしっかりつながった、ゆるやかな信頼がある。自分は孤独な存在でないと確認できる関係がある。私は、「ネットワーク」の本当の意味をはじめて知った気がした。

薄いけれどしっかりつながったネットワークを持つことは、これからの経済や社会のなかで重要な意味を持つ。ダニエル・ピンク著『フリーエージェント社会の到来』という本が出版された。組織を離れ、個人として生きる「フリーエージェント」と呼ばれる人々が、米国社会では働く人々の四人に一人になっていると、綿密な取材をもとに述べた書物だ。フリーエージェントになるには「ヨコのネットワーク」が不可欠という。個人として生きるには、孤独であってはならない。相互に助け合い、情報を提供し合う、緩やかな絆(Weak Ties)がなければ成功できない。

思いがけない顔の見えないネットワークと友人・知人のサポートに支えられて、私たちは、信頼できる医者に出会うことができた。最悪の状態は、手術によって避けられた。